「イランでデモが起きている」「治安部隊が市民を弾圧している」「アメリカやイスラエルとの対立が深まっている」――そんなニュースを目にしても、実際に何が起きているのか、背景にどんな事情があるのかは、なかなかつかみにくいものです。
特に2025年末以降、イラン各地で発生した抗議デモは急速に拡大し、これまでに2,000人以上の死者を出す深刻な事態となっています。経済的な困窮、政治的な閉塞感、情報統制への反発が重なり、今回の動きは一時的な混乱ではなく、体制そのものを揺るがす可能性をはらんでいます。
本記事では、「抗議デモを中心としたイラン情勢」に焦点を当て、何が起きているのかを実態ベースで整理しつつ、なぜここまで拡大したのか、その背景と構造、今後の見通し、日本への影響までをわかりやすく解説します。
イラン情勢をわかりやすく|抗議デモの実態とは

2025年末に始まったイランの抗議デモは、単なる一時的な騒動ではなく、国の統治体制そのものを揺さぶる局面へ発展しています。弾圧が強まるほど反発が広がり、国内の混乱は長期化の様相を見せています。
ここでは「どれほどの規模で起きているのか」「どこまで広がっているのか」「なぜ実態が見えにくいのか」を、事実ベースで整理します。
死者・拘束者数は過去最大規模に
2026年1月時点で、抗議デモに関連する死者は2,400人超と報告されています。人権団体HRANAは、子ども12人の死亡も確認したとしており、事態の深刻さが浮き彫りになっています。政府側は死者数の見解が異なる立場を取っているものの、国外メディアや監視団体の情報からは、被害が大規模であることは否定しにくい状況です。
さらに拘束者は1万8,000人以上とされ、単なる「デモの鎮圧」ではなく、社会全体を萎縮させる強い統制が進んでいると見られます。報道では、拘束後に迅速な手続きで死刑判決が出たケースも伝えられており、裁判の公正さや手続きの透明性が国際的な懸念点になっています。
こうした状況に対し、国連や欧米諸国は弾圧を問題視する姿勢を強めています。抗議の長期化によって、死者・拘束者がさらに増えるリスクも現実的に残っています。
以下の表は、2026年1月時点で確認されている主要な数字を整理したものです。
| 指標 | 内容 | 出典・補足 |
|---|---|---|
| 死者数 | 約2,400人(子ども12人含む) | HRANA、人権団体報告 |
| 拘束者数 | 約18,434人 | 複数の国際報道機関より |
| 拡大地域 | 全31州・180都市以上 | BBCペルシャ語の検証情報 |
これらは国外メディアや人権団体の独自集計であり、国内で自由に検証できる環境が整っていない以上、誤差が出る可能性はあります。ただし複数の映像・証言と整合する点が多く、実態を大きく外しているとは考えにくい情報として扱われています。
こうしたデモ拡大の影響は、イラン国内の物流や製造活動にも波及しつつあり、現地企業だけでなく、イランと取引を行う周辺国の貿易関係者にも不安材料となっています。
デモは全国180都市に拡大し「参加層」が変化した
抗議行動は当初、首都テヘランで商店主が生活苦を訴えたことから広がりましたが、現在では全31州・180都市以上に拡大しています。ここで重要なのは、単に地域が広がっただけでなく、参加層が「特定の若者中心」から「社会全体」に近づいている点です。
特に、バザール(市場)の商人層は、イラン社会では経済を支える存在であり、政治的にも無視できない影響力を持つとされます。その層が抗議の起点になったことは、家計の苦しさが限界に達していることを示すシグナルでもあります。抗議が都市部の若者だけで完結しないため、政府側にとっても抑え込みが難しくなっていると見られます。
国外メディアが検証した映像には、焼けた車両や衝突現場だけでなく、遺体を探す家族の姿、医療現場の逼迫を示す証言も含まれています。抗議の現場は「政治スローガン」だけでなく、生活と安全が崩れる現実の中で起きている点が特徴です。
ネット遮断と情報封鎖が「実態を見えにくくしている」
今回のデモを理解しにくくしている最大の要因が、政府によるインターネット遮断やSNS規制です。主要都市では通信が不安定になり、国外との連絡や情報発信が難しい状態が続きました。これにより、国内で何が起きているのかを外部が正確に把握することが難しくなっています。
一方で、Starlinkなど代替手段を通じた接続や、国外の支援ネットワークによる拡散によって、断片的ながら映像や証言が外に出続けています。情報統制は政府側にとって鎮静化の手段である一方、市民側から見ると「声を封じられる行為」として受け止められやすく、結果的に反発を強める要因にもなっています。
抗議拡大の背景から見るイラン情勢をわかりやすく

今回の抗議デモがここまで拡大した背景には、「物価高で生活が苦しい」という単純な理由だけでは説明できない要素があります。経済の悪化が引き金になったのは事実ですが、そこに政治への不信、若年層の閉塞感、情報統制への反発、さらに国外からの影響が重なり、抗議が全国規模へと連鎖していきました。
生活苦が引き金に|通貨安と物価高が限界を超えた
抗議拡大の直接的なきっかけは、2025年末に顕在化した通貨リアルの急落と物価の急騰です。輸入品の価格が短期間で跳ね上がり、商店では値札を付けてもすぐに価格が変わるため、商売が成り立たない状況が広がりました。
生活必需品の購入が難しくなるほどの変化は、国民の不満を一気に噴き上がらせます。
特に象徴的だったのが、首都テヘランのバザール(市場)の商店主が抗議の起点になった点です。バザールは単なる商業の場ではなく、イラン社会の経済と生活を支える基盤でもあります。そこで「商売が回らない」という声が出たことは、国民生活が臨界点に達したサインとして受け止められました。
若年層の閉塞感が抗議を「継続型」に変えた
経済不安に加えて、若年層を中心とする将来への展望のなさが抗議を長期化させています。教育水準が高くても希望する仕事に就けない、努力しても生活が良くならないという感覚が広がり、単発の不満ではなく「体制そのものへの疑問」に変わっていきました。
また、政治への参加機会が限られ、社会のルールが上から固定されやすい環境では、不満を制度の中で解消しにくい側面があります。その結果、抗議の目的が生活改善だけでなく、政治や統治のあり方にまで広がりやすくなりました。
情報統制と国外の発信が「怒り」と「期待」を同時に生んだ
政府によるインターネット遮断やSNS規制は、抗議を抑えるための手段として実施されました。しかし実際には、若者世代を中心に「声を封じられた」という感覚を強め、怒りを増幅させる側面もあります。情報が途切れるほど不安が高まり、デモの現場では強硬な衝突に発展しやすくなります。
一方で、国外では亡命中の元皇太子レザ・パーレビ氏が抗議への支持を表明し、SNSを通じて呼びかけを行っています。さらに米国のトランプ大統領が「殺害が続けば強力な措置を取る」と発言したことで、抗議側に「国際社会が見ている」という心理的な支えが生まれたとも指摘されています。
こうした外部の発信は、抗議の勢いを後押しする一方、当局側の警戒心を強め、対立が先鋭化する要因にもなっています。
イラン情勢の特徴は、国内の抗議デモが単なる経済不安にとどまらず、政治体制そのものへの不満に発展している点です。さらに、国際社会との緊張や情報統制が複雑に絡み合い、長期的な不安定要因となっています。
構造から理解するイラン情勢の背景をわかりやすく

イランの抗議デモを理解するうえで重要なのは、「なぜ国民の不満が解消されにくいのか」という構造です。国内政治の仕組み、欧米との対立、経済制裁による疲弊が絡み合い、社会の不安定さを長期化させてきました。
ここでは、ニュースだけでは見えにくい背景を整理します。
政教一致体制と最高指導者の強権
イランはイスラム教シーア派を国教とし、宗教指導者が政治の最終決定権を握る「政教一致」の体制を採用しています。形式上は大統領が行政のトップですが、国の重要方針を最終的に判断するのは最高指導者です。
現職の最高指導者アリ・ハメネイ師は1989年からその地位にあり、軍や司法、外交方針にまで強い影響力を持ちます。大統領は国民の選挙で選ばれますが、最高指導者は国民投票で選ばれる存在ではなく、宗教指導層の枠組みで決まります。
この仕組みは、国民から見ると「選挙で政治を変えにくい構造」として映りやすく、抗議が繰り返される土壌になっています。
さらに、治安維持の中心を担う革命防衛隊などの存在も、体制の安定を支える一方で、抗議への対応を強硬にしやすい要因とされています。抗議が長期化しても体制が簡単に崩れない背景には、こうした統治構造があります。
欧米との対立と核問題
イランが国際社会で問題視されやすい理由の一つが、長年続く核開発問題です。2015年には米英仏中ロ独とイランの間で核合意(JCPOA)が結ばれ、イランがウラン濃縮を制限する代わりに経済制裁が緩和されました。
しかし2018年にトランプ政権が合意から離脱し、制裁を再発動したことで状況は一変しました。イランは対抗措置として高濃縮ウランの製造を進め、核兵器開発への懸念が再び強まりました。核問題は外交交渉のテーマであると同時に、イスラエルや米国との緊張を高める火種にもなっています。
イラン側にとって核開発は「安全保障のカード」としての意味合いもあり、単純に止めれば解決する問題ではありません。この対立構造が続く限り、制裁や軍事的圧力が再燃しやすい状況が続きます。
制裁の長期化が経済を直撃し、社会不満を固定化した
経済制裁の長期化は、イラン国内の生活を直接的に圧迫してきました。原油輸出の制限により外貨収入が細り、国際送金や貿易決済が難しくなったことで、輸入品の価格が上がりやすい環境が続いています。通貨リアルの下落とインフレは、日々の暮らしを不安定にし、国民の不満を積み上げました。
さらに、制裁の影響は若年層の雇用環境にも直結します。企業活動が停滞すれば求人は減り、努力しても生活が改善しないという感覚が社会に広がります。経済制裁は外交政策の問題である一方、国内の不満を長期化させる要因となり、抗議デモが繰り返される背景になっています。
イラン情勢の今後をわかりやすく

現在進行中の抗議デモは一時的に収束する兆しもありますが、根本的な原因は解消されておらず、再燃の可能性は十分にあります。政府の統制と国民の不満が綱引きの状態にある中で、今後の情勢は国内だけでなく、国際社会の対応や地域の安全保障にも大きな影響を及ぼす可能性があります。
体制崩壊の可能性は?不満の層は広く深い
現時点でイラン体制が短期的に崩壊する可能性は高くないとされています。強力な治安組織である革命防衛隊が体制を支えており、抗議の勢力が統一的な政治的代替案を持っているわけではないためです。
しかしながら、抗議の広がりは過去のどの運動よりも大きく、従来は政権を支持していた層までもが政府に批判的な立場を取り始めています。特に地方都市やバザールなど経済基盤の中心に近い層での反発は、政権の基礎体力をじわじわと削っています。
また、最高指導者ハメネイ師の高齢化と健康不安説が重なることで、権力移行のタイミングに政治的空白が生じる可能性も指摘されています。今後の体制変化は一気に進むというよりも、段階的・断続的な揺らぎとして表れると見られています。
国際社会の圧力と軍事的緊張の高まり
国際社会もイラン政府の対応に注視しており、デモ弾圧に対して欧米各国は追加制裁を検討しています。G7外相や国連高官は強い非難を表明し、人権状況の改善を求めていますが、イラン政府はあくまで「国外の扇動による暴動」との立場を崩していません。
一方で、イスラエルによる核施設への空爆や、アメリカとの間で発生した軍事的な応酬は、偶発的な衝突が地域紛争に発展する可能性を示唆しています。2025年に起きた「12日間戦争」以降、ホルムズ海峡をめぐる海上安全保障にも再び緊張が高まりつつあります。
軍事衝突の全面化は現時点では避けられているものの、各国が中東での影響力を競う構図の中では、今後も小規模な対立が断続的に続く可能性が高いと見られます。
イランを巡る地政学的リスクは、中東全体の安全保障環境に直結します。より広い視点から地域情勢と経済への波及を整理したい方は、以下の記事をご覧ください。

日本や世界経済への影響は?
イラン情勢の緊張が高まることで最も注目されるのが、ホルムズ海峡のリスクです。この海峡は世界の原油輸送の約20%が通過する重要なルートであり、日本の原油輸入の8割以上もここを通っています。
イランが海峡の封鎖やタンカーへの妨害を行えば、エネルギー供給と価格に直結する影響が生じます。
実際、緊張の高まりとともに原油価格が上昇し、金やその他の安全資産に資金が流れる動きも活発化しています。企業にとっては、燃料費や原材料価格の高騰、物流の遅延、保険料の上昇といったリスク管理が急務となります。
日本においても、調達ルートの分散やサプライチェーンの見直し、価格変動に対する備えなど、企業のリスク管理体制が問われる局面に入りつつあります。中東情勢が不安定化すれば、経済面でも「遠い国の話」では済まされません。
特にホルムズ海峡は中東とアジアをつなぐ重要な貿易航路でもあり、封鎖や緊張の激化は、日本企業の輸入コスト上昇や供給遅延など、実務的なリスクに直結します。
原油輸送の大動脈であるホルムズ海峡の安全保障問題は、情勢悪化時に大きな懸念材料となります。海峡封鎖が現実化した場合の影響やリスクについて詳しく知りたい方は、以下の記事をご覧ください。

まとめ
イランで続く抗議デモは、単なる一時的な混乱ではなく、国民の生活苦や政治体制への不満、そして長年の経済制裁による疲弊が重なって爆発したものです。全土に拡大したこの動きは、政府の統制強化によって一時的に抑え込まれつつあるものの、根本的な不満は解消されていません。
背景には、宗教指導者による政教一致体制、欧米との核開発をめぐる対立、経済制裁の長期化など、複数の構造的な問題があります。こうした要因が重なり、イランは現在、内外から大きな圧力を受ける状況にあります。
今後の展開次第では、中東地域全体の安定性や、原油供給ルートにも影響が及ぶ可能性があり、日本経済にとっても決して無関係ではありません。企業活動や国際情勢への備えとして、最新の情報に注視しつつ、必要に応じて専門家に一度相談してみることをおすすめします。




