アメリカとイランの緊張状態は、単なる政治的対立に留まらず、グローバルなサプライチェーンを揺るがす重大なリスクです。特に、中東航路を利用する荷主やフォワーダーなど、物流・貿易の実務に携わる方々にとって、この地域の地政学的リスクを把握しておくことは、安定した輸送とコスト管理を実現するための死活問題と言えるでしょう。
「なぜアメリカはイランを攻撃・警戒し続けるのか」という根本的な理由を知ることは、単なるニュースの理解を超え、原油価格の変動や経済制裁に伴う決済リスクを予測する一助となります。
本記事では、対立の歴史的背景から、ホルムズ海峡封鎖がもたらす具体的影響を詳しく解説します。
アメリカのイラン攻撃に至るまでの時系列

アメリカによるイランへの直接攻撃は、突発的な軍事衝突ではありません。2018年の核合意(JCPOA)離脱以降に積み重なった緊張、2024年の地域バランスの崩壊、そして2025年初頭の核開発の技術的臨界点到達が重なり、軍事決断は“選択”というより“時間の問題”と見なされる局面に至りました。ここでは、攻撃に至るまでの主要な転換点を時系列で整理します。
核合意崩壊と監視体制の断絶
2018年のアメリカによるJCPOA離脱以降、イランの核活動は段階的に制限を逸脱していきました。2021年以降、合意復活に向けた交渉は断続的に行われたものの、監視体制の縮小や査察アクセスの制限が続き、国際原子力機関(IAEA)は「知識の連続性が失われつつある」と警告を発しています。
2025年5月時点のIAEA報告では、イランが高濃縮ウランの保有量を大幅に増加させていることが示され、兵器級ウランへの転換に必要な期間(いわゆるブレイクアウト・タイム)が極端に短縮されたとの分析も報じられました。これが、軍事オプションの現実味を一気に高める転機となります。
2024年:影の戦争から直接攻撃へ
2024年は、長年続いてきたイスラエルとイランの「影の戦争」が、公然たる軍事衝突へと移行した年と位置付けられます。
ダマスカスのイラン関連施設への空爆を契機に、イランが本土からイスラエルへ直接的なドローン・ミサイル攻撃を行ったことで、両国間の“直接攻撃は避ける”という暗黙の了解が崩れました。その後も相互攻撃が続き、イランの防空網やミサイル拠点が標的となったことで、本土防衛能力の限界が露呈したと指摘されています。
この段階で、地域の抑止構造は明らかに変質しました。
「抵抗の枢軸」の弱体化と地域抑止の崩壊
2023年末から2024年にかけて、イランと連携する武装勢力や同盟政権が大きな打撃を受けたことも重要です。
レバノンのヒズボラ、ガザのハマス、そしてシリア情勢の変動により、イランが構築してきた「戦略的縦深」は縮小しました。イスラエル側から見れば、報復のリスクが相対的に低下した局面と評価され、これが対イラン本土攻撃のハードルを下げたと考えられます。
第2次トランプ政権と「最大圧力2.0」
2025年1月に発足した第2次トランプ政権は、対イラン政策においてより強硬な姿勢を鮮明にしました。交渉再開の試みと並行して、「一定期間内に核活動を大幅に制限しなければ軍事的選択肢を排除しない」とする最後通牒的なメッセージが発信されます。
しかし、イラン側はミサイル開発や地域戦略を交渉対象とすることを拒否。IAEAによる非準拠認定や監視問題も重なり、外交の余地は急速に縮小しました。
2025年6月:「12日間戦争」と軍事決断
こうした背景の中、2025年6月、イスラエルによる大規模な対イラン攻撃が開始され、その後アメリカが地下核施設への精密攻撃を実施したと報じられました。B-2爆撃機による地中貫通爆弾の使用など、従来の“抑止”を超えた本格的な破壊作戦が展開されたことで、核インフラは深刻な損害を受けたとされています。
この一連の衝突は「12日間戦争」とも呼ばれ、停戦後も制裁強化や交渉再開を巡る駆け引きが続いています。
軍事決断を促した3つの決定的要因
以上の時系列を整理すると、アメリカがイランへの直接攻撃を容認・実行するに至った背景には、主に3つの要因が重なっていました。
- 技術的臨界点の到達
核ブレイクアウト・タイムの短縮と監視体制の不透明化が、「待てば核武装を許す」という時間的制約を生んだ。 - 地域抑止構造の変化
イランの代理勢力の弱体化により、全面的な地域戦争へ拡大するリスクが相対的に低下したと評価された。 - 米国内政治の変化
第2次トランプ政権の強硬路線とイスラエルとの戦略的同期が、軍事オプションの実行可能性を高めた。
この軍事決断は、安全保障上の出来事にとどまりません。
ホルムズ海峡、原油市場、制裁網、そして国際決済システムを通じて、世界の物流と貿易構造に直結する重大な転換点となったのです。
なぜアメリカはイランを攻撃・警戒するのか

アメリカとイランの対立は、2025年6月の核施設への直接攻撃を経て、かつてない緊迫した段階に突入しています。2026年現在、トランプ政権(第2期)は、軍事的威圧とデジタル・経済両面での攻勢を強めており、中東全域の物流安定性を左右する最大の不安定要因となっています。
核開発の阻止と2025年「真夜中の鉄槌」作戦の余波
アメリカがイランを警戒する最大の理由は、同国の核兵器保有を「世界の安全保障に対する絶対的なレッドライン」と見なしているためです。2025年6月21日、トランプ政権はイランのフォルドゥ、ナタンツ、イスファハンの3カ所の核施設に対し、ステルス爆撃機B-2を用いた空爆「真夜中の鉄槌」作戦を敢行しました。2026年2月現在、核計画を巡る対話は完全に停滞しており、米国は「合意か攻撃か」という二者択一を迫り続けています。この極限の緊張状態が、原油市場に慢性的なプレミアム(地政学リスク上乗せ)を発生させ、物流コストのベースを押し上げる要因となっています。
イスラエルとの足並みと「代理勢力」への包囲網
2026年2月11日のトランプ・ネタニヤフ会談では、イラン支援下のハマスやヒズボラ、フーシ派といった「代理勢力」の排除が改めて最優先事項として合意されました。イスラエル側は、核問題の解決だけでなく、弾道ミサイル開発の即時停止や地域武装勢力への資金援助停止を「譲れない条件」として米国に迫っています。
米国はこれを受け、中東に二つ目の空母打撃群を派遣する準備を進めており、軍事的プレゼンスを誇示することでイランを牽制しています。紅海や地中海東部といった物流の要衝の安定性は、この米・イスラエルの共同歩調に完全に依存しており、実務者は軍の移動情報にも敏感である必要があります。
「スターリンク」供与による体制の揺さぶりとサイバーリスク
トランプ政権は物理的攻撃に加え、情報戦による体制崩壊を狙っています。イラン国内の反体制派支援のため、衛星通信端末「スターリンク」約6,000台を密かに提供したことは、イラン政府の通信遮断策を無効化する画期的な動きです。しかし、これに対するイラン側の報復として、米国の物流インフラや港湾システムへのサイバー攻撃リスクが高まっている点には注意が必要です。
BtoB企業としては、物理的な貨物の滞留だけでなく、デジタル上のEDI(電子データ交換)や通関システムのダウンタイムを想定したIT面でのBCP策定も求められるフェーズに入っています。
アメリカ・イラン間の攻撃的緊張が招くホルムズ海峡の封鎖リスク

物流実務において最も警戒すべきは、世界屈指のチョークポイントであるホルムズ海峡の動向です。2025年の空爆以降、イランが米国の圧力を受けて海峡封鎖を示唆するたびに、海上保険料や運賃のボラティリティが急上昇し、実務現場に混乱を招いています。
ホルムズ海峡については以下の記事で解説しています。

チョークポイント通過難に伴う運賃高騰と船腹需給
世界の石油輸送の約3割、天然ガスの約2割が通過するホルムズ海峡は、その幅が最も狭い場所でわずか33kmしかありません。2026年2月現在、米国運輸省の警告により、米国関連船籍はイラン領海を避けた遠回りの航路を強いられています。
この「回避航行」は、燃料消費を増大させるだけでなく、実質的な船腹供給量を減少させ(一航海あたりの日数が伸びるため)、コンテナ運賃や不定期船運賃を押し上げる直接的な要因となります。
船舶の拿捕や攻撃によるリードタイムの遅延の深層
イラン軍による商船の拿捕や臨検は、もはや日常的な脅威として織り込む必要があります。2026年初頭には、ドローン攻撃を避けるための「ジグザグ航行」や、夜間の無灯火航行を行う船舶も報告されています。これらは航行速度を著しく低下させ、中東経由便のリードタイムを平均で3〜5日、事案発生時には数週間単位で遅延させます。
実務層は、船社からの「ETA(入港予定日)遅延通知」を待つのではなく、海域の緊張度合から能動的に在庫のリードタイムを調整する判断が求められます。
保険料率の急騰とインコタームズによる責任分界点
軍事緊張の激化は、海上保険市場(ロンドン市場など)において「戦時追加保険料(War Risk Surcharge)」の適用を引き起こします。2025年の紛争時には、船舶資産価格の数パーセントに及ぶ保険料が数日間の航行に対して課される例もありました。
貿易実務では、CFR条件(運賃込み渡し)において、こうした突発的な追加費用を「誰が負担するか」で荷主と船社、あるいは荷主と買い手の間で紛争になるケースが多発します。2026年の現況下では、あらかじめ契約書に「地政学リスクに伴う追加費用の負担明記」を盛り込むことが標準的なリスクヘッジとなります。
CFR条件については以下の記事で解説しております。

アメリカによるイランへの経済的攻撃

アメリカによるイランへの「攻撃」は、物理的な破壊以上に、経済的な「二次的制裁」としての側面が実務に重くのしかかります。2026年に入り、トランプ政権はイランとの取引を継続する第三国に対しても、極めて強力な関税措置を突きつけています。
「イラン取引国への25%追加関税」という新たな障壁
2026年2月、トランプ大統領は「イランと取引を継続する国からの輸入品に対し、一律25%の追加関税を課す」という驚愕の方針を表明しました。これは、特定の製品だけでなく、日本のような同盟国に対しても「イランからの石油輸入や経済交流を完全に断て」という最後通牒に等しいものです。
実務上は、米国向け輸出を主軸とする企業にとって、自国の対イラン通商政策が自社製品の関税率を左右するという、極めて政治的な不確実性を抱えることになります。
| 規制区分 | 内容(2026年最新) | 物流・貿易実務への影響 |
| 二次的制裁 | 米国以外の企業でもイラン関連取引があれば対象 | 米ドル決済網からの追放、資産凍結 |
| SDNリスト | 革命防衛隊関連の船舶、港湾、フロント企業 | 利用船の適格性確認(Vessel Screening)の必須化 |
| Uターン規制 | イラン関連の資金移動が米銀を経由することの禁止 | 送金の保留(リミスタ)や組み戻しの多発 |
米国独自の経済制裁(OFAC規制)と金融アクセスの断絶
米財務省外国資産管理局(OFAC)は、イランの資金源を完全に封鎖するため、2026年現在、AIを用いた高度な監視網を展開しています。直接イランと取引がなくとも、荷積み港のリストにイランの港が含まれていたり、取引先企業の役員に制裁対象者が含まれていたりするだけで、銀行は即座に決済を停止します。
この「コンプライアンス・フリーズ」は一度起きると解除までに数ヶ月を要するため、実務者は事前に取引先や運航船の「ホワイトリスト化」を徹底する必要があります。
供給網(サプライチェーン)に潜むイラン要素の徹底排除
現代の複雑なサプライチェーンにおいて、原材料(石油化学、合成樹脂、鉱物など)の原産地を特定することは容易ではありません。しかし、トランプ政権は「実質的な改変」があったとしても、イラン由来の付加価値が含まれる製品を厳しく制限しています。ティア2以下の供給元に対し、定期的な原産地証明の提出を求めるとともに、万が一制裁に抵触した場合の「代替供給ルート(バックアップ・サプライヤー)」を確保しておくことが、グローバル企業の法務リスク管理として定着しています。
アメリカとイランの攻撃的対立が招く原油高と物流コスト

アメリカとイランの対立がエスカレートする際、荷主が最も注視すべきは原油価格の推移です。2026年現在、供給過剰感がある一方で、米イラン間の緊張が高まるたびに原油先物価格は急騰し、これが物流コストへ即座に転嫁されています。
燃料サーチャージ(BAF/FSC)の算定式と価格転嫁
原油価格の高騰は、航空貨物のFSCや海上のBAFを直接的に押し上げます。2026年の実務においては、単なる「燃油高」だけでなく、脱炭素規制に伴う低硫黄燃料(VLSFO)への切り替え費用も重なっており、地政学リスクによる原油高はダブルパンチとなります。BtoB取引においては、あらかじめ「原油価格が一定水準を超えた場合の運賃自動改定条項」を荷主・船社間で合意しておくことで、突発的な利益圧迫を防ぐ管理手法が一般的となっています。
物流ルートの「脱・中東」と喜望峰回りのコスト検証
ホルムズ海峡の封鎖や紅海の不安定化が現実味を帯びると、スエズ運河を避けてアフリカ南端の喜望峰を回るルート(Cape Route)への切り替えが発生します。このルート変更は、輸送距離を約40%増加させ、1隻あたりの燃料消費量を数百トン単位で上積みします。
また、航海日数の増加により「船舶の稼働率」が下がるため、市場全体の船腹需給が引き締まり、結果として全航路の運賃相場が底上げされるという、二次的なコスト増も考慮に入れるべきです。
エネルギー由来のインフレと貿易構造の変化
原油高は単なる輸送費の上昇に留まらず、工場の動力費や包装資材の価格にも波及します。2026年の世界経済において、中東発のインフレは消費者の購買力を減退させ、BtoB製品の荷動き自体を停滞させるリスクがあります。
実務者は、「高い運賃を払ってでも運ぶ」という発想から、「物量を集約し、輸送頻度を落としてでもコストを抑える」という、在庫戦略を含めた抜本的な物流網の再設計を迫られています。
まとめ
アメリカとイランの対立がなぜこれほどまでに世界の貿易・物流を揺るがすのか、その理由は2026年現在の最新情勢が示す通り、物理的な軍事攻撃のリスクと、トランプ政権による「25%追加関税」のような強力な経済的攻撃が一体となっているからです。
貿易実務層にとっては、海峡封鎖による輸送遅延だけでなく、サプライチェーンのどこかにイランが介在することによる「制裁リスク」への備えが不可欠です。今後は、特定の航路や決済手段に依存しない強靭な物流網を構築し、地政学リスクを「予測可能なコスト」として管理する能力が、国際競争力を維持するための鍵となるでしょう。



