EUの関税とは?制度の仕組み・最新動向・企業への影響を徹底解説

目次

    近年、EU(欧州連合)の関税政策は、グローバルサプライチェーンや持続可能な貿易のあり方に大きな影響を及ぼしています。2025年には、炭素国境調整メカニズム(CBAM)の本格施行をはじめ、自由貿易協定(FTA)の拡大、さらにはデジタル製品に対する関税議論の活発化など、大きな変革が進んでいます。

    本記事では、EUの関税の基本から最新動向、そして実務的な影響までを深掘りして解説します。

    EUの関税とは?基本的な仕組みと目的を徹底解説

    EUの関税制度は、加盟国間で関税を撤廃し、域外からの輸入品には共通の関税率を適用する「関税同盟」を基盤としています。この仕組みは、EU域内市場の統合と国際競争力の強化を目的とし、経済活動を円滑に進めるための基盤となっています。

    関税政策は、単なる税収確保を超えて、域内産業の保護、雇用の維持、環境対策など多様な政策目的を反映しています。以下はEU関税制度の成り立ちと背景です。

    年代 出来事
    1968年 EU関税同盟発足、加盟国内の関税撤廃
    1993年 単一市場完成、物品・人・サービス・資本の自由な移動確立
    2025年 環境・デジタル分野への新たな関税施策導入

    EU関税制度は1968年の関税同盟発足以降、域内貿易の自由化と対外貿易の統一政策を進めてきました。1993年には単一市場が完成し、域内の物流、サービス、資本、労働の自由な移動が実現。

    さらに2025年には環境規制デジタル政策が関税分野にも組み込まれ、関税はより戦略的な政策手段となりつつあります。

    EUの関税制度の特徴と他国との違い

    EUの関税制度は、全加盟国が共通の関税政策を採用する「関税同盟(Customs Union)」を基盤としています。

    この仕組みにより、EU域内では国境での関税が完全に撤廃されており、域外からの輸入品に対しては共通の関税率(Common External Tariff)が適用されます。

    この制度の最大の特徴は、高い一体性と制度統合の深さにあります。関税率の決定、関税分類、貿易交渉などはすべてEUレベルで一元的に管理され、加盟国単位での独自判断は原則として認められていません。

    この中央集権的な制度設計は、通商交渉における統一的な交渉力の確保と、企業にとっての予測可能な取引環境を実現しています。

    EUと他国(アメリカなど)との制度的比較

    比較項目 EU アメリカ(参考)
    関税同盟 あり(加盟国内での関税ゼロ) なし(全て国家レベルでの一元管理)
    貿易交渉主体 欧州委員会が一括交渉(27か国分) 連邦政府が単独交渉(州の関与なし)
    関税制度の統一性 高い(共通税率・共通分類) 中程度(国家単位だが政策変更が激しい)
    通関制度の共通性 TARICやUCCに基づき完全統一 統一されているが分類基準やFTA実務に差異あり
    企業側の予測可能性 非常に高い 政権交代や貿易戦争の影響を受けやすい

    このように、EUは制度の一体性・透明性・持続性という点で他国と一線を画しています。

    たとえば米国では、政権によって関税政策が大きく変動する(例:2025年のトランプ政権下での対中関税再強化)一方で、EUでは政策変更が予告制で段階的に進められ、企業側の中長期的な事業計画が立てやすいというメリットがあります。

    さらに、EUはWTOやFTA交渉において「27カ国分の市場力」を武器に交渉できるため、対外政策においても他の先進国と比べて影響力が大きいのが特徴です。

    実務面で企業が受けるメリット

    ・一度の申告で全加盟国で有効

    関税分類や原産地証明が一元管理されているため、例えばフランスへの輸出実績があれば、それを活かしてドイツやイタリア向けにも同じ条件で対応しやすい。

    ・TARIC(関税・税金統合情報システム)による明確な税率確認

    関税率・割当枠・必要書類などをオンラインで確認でき、情報格差が少ない。

    ・UCC(EU関税法典)により通関プロセスも統一

    電子申告、EORI番号の共通化、AEO制度の運用などが一貫しており、多国籍企業の展開を支援。

    このような制度設計の違いは、企業がEUを拠点とするか、米国など他国と取引を行うかの判断においても大きな要因となります。安定性・予測可能性・透明性を重視する企業にとって、EU市場は引き続き魅力的な輸出先・投資先であるといえるでしょう。

    EUの関税に関する最新動向【2025年版】

    2025年のEU関税政策では、気候変動やデジタル化への対応を重視した動きが加速しています。
    ここでは注目すべき3つの最新トピックを取り上げ、それぞれの背景と影響を解説します。

    CBAM(炭素国境調整メカニズム)の本格施行

    CBAM(Carbon Border Adjustment Mechanism)は、EUの「欧州グリーンディール」政策における中核施策の一つであり、環境規制の厳格化とともに、域外からの輸入品にも炭素コストを課すことで競争の公平性を保つことを目的としています。

    2023年からは「移行期間(報告義務のみ)」が始まり、2026年からは実際の課税=CBAM証書の購入義務が導入される予定です。

    年度 フェーズ 主な内容
    2023年10月~2025年末 移行期間 対象製品に対し、炭素排出量の報告義務のみ発生。
    証書購入義務なし。
    2026年以降 本格導入 輸入業者に対し、
    CBAM証書の購入(=排出量に基づく関税相当)を義務付け。

    対象品目は段階的に拡大される予定で、まずは以下の業種が対象です

    ・鉄鋼・アルミニウム

    ・肥料

    ・水素

    ・電力(一部除く)

    ・セメント

    デジタル製品への新関税案

    AI機器やスマートデバイスといった「デジタル製品」にも、EUでは関税の再適用を検討しています。これは、デジタル経済が国境を越えて急成長する中で、EU域内の技術企業を保護・育成する戦略の一環です。

    これまで多くのIT製品は、WTOの情報技術協定(ITA)に基づいて関税ゼロの対象でした。しかし近年では、AIチップや先端センサーなど新技術を含む製品が次々に登場し、旧来の分類・免税措置では対応しきれない事例が増えています。

    EUでは、これらに対して関税分類を見直し、新たな課税を行うことで、国内の戦略的技術産業の保護を図ろうとしています。

    項目 内容
    対象製品 AIチップ、先端IoTセンサー、量子計算関連機器など
    動機 域内産業保護、国際技術競争への対応
    課題 HSコード分類の再整理、WTOルールとの整合性
    影響 輸入価格の上昇、サプライチェーンの再構築、製造地見直し等

    これにより、非EU企業、特に日本や米国のテック企業は、従来のコスト計算や関税計画の見直しを迫られる可能性があります。さらに、関税によって価格競争力が下がれば、製品の現地製造や現地法人設立など戦略の見直しが求められるでしょう。

    EUとインドのFTA交渉進展

    2025年に大筋合意されたEUとインドのFTA(自由貿易協定)は、モノ・サービス・投資の広範な自由化を盛り込みつつ、持続可能な開発とデジタル貿易の規律までを包含する包括的な協定となっています。

    インド側にとってはEU市場へのアクセス強化、EU側にとっては人口増加国としてのインド市場への参入機会と、相互の利害が一致した形です。両者は、自動車部品、医薬品、農産品、ITサービスなどの分野で積極的に協力を進めています。

    項目 内容
    合意時期 2025年4月(大筋合意)
    重点分野 自動車、医薬品、農産品、ITサービス、知財・デジタル規律など
    日本企業への影響 EU市場でのインド製品との価格競争激化、
    インド市場での参入障壁変化

    このFTAにより、インド製品が関税撤廃を背景にEU市場で価格競争力を高める一方で、日本製品が相対的に不利になる可能性があります。

    特に中小メーカーにとっては、戦略市場としてのEUにおいて、コスト優位性を持つインド企業との競争環境が大きく変化することになります。

    EUの関税が企業にもたらす影響と対策方法

    EUの関税制度、とりわけCBAM(炭素国境調整メカニズム)や新たな関税措置は、企業のサプライチェーンや収益構造に大きな影響を及ぼします。特に、製造拠点がEU域外にある日本企業にとっては、従来の調達・輸出モデルの見直しが不可避です。

    ここでは、企業が直面しうる主な影響と、それに対して取るべき代表的な対策を分かりやすく整理します。

    主な影響と実務的対策

    項目 影響 対策の方向性
    炭素排出量の報告 CBAMにより輸入製品に排出量報告義務 データ管理体制の整備と
    第三者検証の導入
    原産地証明の厳格化 EPA適用の失敗で追徴課税の恐れ サプライヤー管理と
    自己申告制度の整備
    HSコードの誤分類 想定外の関税や通関遅延のリスク 通関士・専門家による事前レビュー
    書類管理の強化 EU税関による監査時に保存不備がリスク 電子保存・クラウド管理の導入が有効

    丁寧な解説と実務のヒント

    ・CBAM対応(排出量報告)

    2025年までは報告義務のみですが、2026年からは実際に炭素排出に応じた「CBAM証書」の購入が義務づけられます。このため、自社製品の排出係数(Emissions Factor)を正確に把握し、社内で一元管理できるIT体制を整えておく必要があります。

    ・原産地証明の整備
    特恵関税(例:日EU・EPA)を適用するには、正しい原産地証明が必要です。不備があると、関税ゼロのはずが追加で関税・罰金が課される可能性があります。

    自己申告制度(Statement on Origin)に対応した社内フローやテンプレートを作成し、サプライヤーとの連携を強化しましょう。

    ・HSコード分類の精度向上
    商品分類が誤っていると、関税率が数%単位で変わるうえに、税関から脱税行為と見なされることも。とくにAI・IoT製品などは分類が複雑なため、専門家によるレビューやシステムによるコード判定ツールの併用が有効です。

    ・書類保存の義務対応
    EUでは、関税に関するインボイスや輸出入申告書などの保存が義務化されており、保存期間も明示されています。紙保存に頼るのではなく、電子化・クラウド管理を進め、社内監査にも対応できる体制を構築しておきましょう。

    EUの関税における注意点と実務上のポイント

    EUとの貿易を成功させるには、関税制度の正確な理解と、それに基づく実務対応が不可欠です。

    特に2025年以降は、CBAMをはじめとした新しい義務や制度変更が相次いでおり、過去の慣習や定型的対応だけではリスクを回避できなくなってきています。以下に、企業が押さえておくべき実務上の注意点を整理します。

    項目 内容
    HSコード分類 関税率、輸入可否、貿易統計などに直結するため、
    正確性が極めて重要。専門家の確認推奨。
    原産地証明 EPAやGSPなどの特恵税率利用には、
    正確な原産地証明が必須。不備があれば遡及課税の恐れあり。
    UCC対応 EU関税法典の遵守が必要。
    EORI番号取得、AEO認証、電子申告義務などの要件に留意。
    書類保存義務 関税申告関連書類は一定期間保管義務あり。
    不備や紛失は重大なリスクに直結。
    CBAM対応 炭素排出報告の準備、IT体制の構築、
    サプライヤーからの情報取得が必要。

    特にHSコード分類の誤りは、過剰な関税負担や脱税とみなされるリスクを伴うため、企業規模を問わず専門家によるレビューが推奨されます。

    また、EPA特恵を利用する場合には「自己申告制度」「原産地管理体制」の整備が不可欠です。中小企業は手続き負担が大きいと感じがちですが、活用すれば大幅なコスト削減が見込まれます。

    CBAMへの対応についても、現在は報告義務にとどまっていますが、2026年以降の証書購入義務化に備え、対象製品の炭素排出量の把握、社内管理体制の確立、サプライヤーへの指導・管理が急務です。

    まとめ

    2025年のEU関税政策は、従来の「関税」枠組みを超え、気候政策、デジタル戦略、通商安全保障などと融合しつつ進化しています。CBAMの本格施行は、輸出企業の環境対応力が市場参入条件になる時代の到来を象徴しており、EUの貿易政策が政策横断的な性格を強めていることを意味します。

    また、日EU・EPAを活用した特恵関税の活用は依然として有効ですが、実務面での申告体制や原産地管理の高度化が求められています。加えて、米EU間の関税摩擦やインドとのFTA進展など、第三国の動向も日本企業にとって直接的な影響を及ぼす存在です。

    企業がこれらの複雑化する制度・規制に対応するためには、TARICをはじめとするEUの公式情報源、経済産業省やジェトロ、日本の税関などが提供する各種支援策を積極的に活用することが求められます。そして、常に最新の動向を把握し、変化に即応する柔軟性を持つことが、欧州市場での競争力を維持・強化する鍵となるでしょう。

    特にCBAMやEPA、HSコード分類といった制度は専門性が高く、対応を誤ると多大なコストやリスクを招く可能性があります。重要な判断や運用の際には、通関士や貿易実務に精通した専門家への相談を積極的に活用することが、安全かつ効果的な対応につながります。

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    伊藤忠商事出身の貿易のエキスパートが設立したデジタル商社STANDAGEの編集部です。貿易を始める・持続させる上で役立つ知識をお伝えします。