近年、日本のインバウンド市場は全体として回復基調にありますが、中国人観光客の動向には変化が見られます。2025年後半以降、訪日中国人観光客数は伸び悩み、地域や業界によっては影響が表れ始めています。
中国人観光客の減少は、感覚的な話ではなく、数字にもはっきりと表れています。2025年12月の訪日中国人観光客数は33万400人となり、前年同月比で45.3%減少しました。これは、新型コロナウイルスの影響が色濃く残っていた2022年1月以来、約3年11カ月ぶりの大幅な落ち込みです。一方で、同月の訪日外国人客数全体は361万7,700人と過去最多を記録しており、中国市場だけが大きく減少している点が際立っています。
その背景には、中国国内の景気減速といった経済要因に加え、日中関係の緊張や政治的発言をきっかけとした渡航環境の変化があります。中国人観光客の減少は観光分野にとどまらず、貿易や地域経済にも関係する問題です。
本記事では、中国人観光客が減少している理由を整理し、その構造的な背景と今後の見通しについて解説します。
中国人観光客の訪日意識が変わった理由

中国人観光客の減少を語るうえで、2025年後半以降の日中関係の変化は避けて通れません。とりわけ政治的な発言や外交姿勢の変化は、観光のような民間レベルの交流にも影響を及ぼします。本章では、高市早苗氏の発言をきっかけとした日中関係の緊張が、どのように中国人観光客の行動に波及したのかを整理します。
台湾有事を巡る発言が日中関係に与えた影響
2025年後半、高市早苗氏が台湾有事と日本の安全保障を関連づけて言及した発言は、日本側では防衛政策の説明として受け止められていました。一方、中国側では、この発言が日本の対中姿勢や台湾問題への関与を示唆するものと認識され、外交面での警戒感が強まりました。
中国政府や中国メディアでは、日本の発言や動きを注視する論調が目立つようになり、日中関係全体に慎重な空気が広がりました。日中両国は経済的な結びつきが強い一方、政治的なメッセージが世論や対外姿勢に与える影響も大きく、今回の発言は観光や人的交流にも波及しうる要因として受け止められる結果となりました。
台湾有事については以下の記事でまとめています。

中国政府・世論の反応と渡航ムードの変化
こうした状況を受け、中国政府は日本への渡航について慎重な判断を求める姿勢を示しました。渡航禁止などの強制的な措置ではありませんが、中国国内では政府の意向が社会全体に強く影響します。その結果、日本旅行に対する慎重論が広がり、SNSや報道を通じて「今は訪日を控えるべきではないか」という空気が形成されました。この心理的な変化が、個人の旅行判断にも影響を与えています。
日中関係の現状についての記事はこちらをご確認ください。

政治的要因が中国人観光客の行動に及ぼす影響
政治的な動きが観光行動にどのようにつながったのかを整理すると、次のような流れが見えてきます。
| 項目 | 内容 | 中国人観光客への影響 |
|---|---|---|
| 政治的発言 | 台湾有事を巡る発言 | 日中関係への警戒感が高まる |
| 中国政府の姿勢 | 渡航を慎重に判断する呼びかけ | 日本旅行を控えるムードが拡大 |
| 世論・SNS | 不安や慎重論の拡散 | 個人の旅行判断が後ろ向きに |
| 観光需要 | 団体・個人ともに減少 | 訪日客数の落ち込み |
中国人観光客の減少は、単一の要因によるものではありません。政治的発言を起点に、政府の姿勢や世論が連動し、段階的に観光需要が冷え込んでいきました。法的な規制がなくても、政治的緊張が高まることで、観光という行動が大きく左右される点が特徴です。
このように、中国人観光客の減少は経済要因だけで説明できる現象ではなく、日中関係の変化という政治的背景と密接に結びついています。観光は「人の移動」であり、その背後には国際関係が存在することを示す事例といえるでしょう。
なぜ中国人観光客の団体旅行は止まったのか

中国人観光客の減少を語るうえで、個人の旅行意欲だけでなく、「旅行商品そのものが市場から姿を消した」という点は極めて重要です。とりわけ、中国人観光客の中核を担ってきた団体旅行の停止は、訪日客数を大きく押し下げる直接的な要因となりました。中国では、団体旅行が観光需要の一定割合を占めており、その供給が止まることは、市場全体の急減につながります。
本章では、中国政府の姿勢がどのように旅行業界へ伝わり、結果として団体旅行が止まるに至ったのか、そのメカニズムを整理します。
中国政府による渡航自粛の位置づけ
中国政府は、日本への渡航について国民に対し慎重な判断を求める姿勢を示しました。これは法的な渡航禁止や入国制限とは異なり、あくまで「自粛」を促す形でした。しかし、中国の社会構造においては、政府の意向やメッセージは強い影響力を持ち、行政文書や公式発表が事実上の行動指針として受け止められる傾向があります。
そのため、明確な命令が出ていなくても、旅行業界や航空業界は、将来的なリスクを見越して慎重な対応を取らざるを得ない状況に置かれました。
中国国内旅行会社が団体ツアーを停止した背景
こうした政府の姿勢を受け、中国国内の旅行会社では、日本向け団体ツアーの取り扱いを停止する動きが相次ぎました。団体旅行は、商品造成や販売にあたって当局との調整や許認可が関わるケースも多く、政治的な緊張が高まる局面では特に慎重な判断が求められます。その結果、需要が完全に消失したわけではないにもかかわらず、「販売できない」「販売しづらい」という状況が生まれました。これは、「行きたい人がいないから売らない」のではなく、「環境的に売れなくなった」という点が特徴です。
航空便の減便・運休が与えた実務的影響
団体旅行の停止と並行して、日本と中国を結ぶ航空便でも減便や運休が進みました。航空会社は、需要減少だけでなく、将来的なリスクを見越して供給を抑える判断を行います。これにより、仮に個人で訪日を希望する中国人がいても、航空座席そのものが確保しにくくなり、渡航のハードルはさらに高まりました。
| 分野 | 主な対応 | 中国人観光客への影響 |
|---|---|---|
| 政府方針 | 渡航を慎重に判断する呼びかけ | 業界全体が慎重姿勢に転換 |
| 旅行会社 | 団体ツアーの受付停止 | 団体客が事実上消失 |
| 航空会社 | 減便・運休 | 個人旅行も難易度上昇 |
| 観光市場 | 供給縮小 | 訪日客数の急減 |
この表が示す通り、中国人観光客の減少は「日本に行きたくない人が増えた」という需要面だけでは説明できません。団体旅行の停止と航空便の減少という供給側の制約が重なり、訪日そのものが現実的な選択肢から外れていった側面が大きいといえます。
団体旅行停止が与えた構造的影響
中国人観光客の中でも、団体旅行は人数規模が大きく、地方都市や観光地への送客を支えてきました。そのため、団体旅行が止まることで、特定地域では宿泊施設や小売業への影響が急速に表面化しています。個人旅行への移行だけでは、この空白を短期間で埋めることは難しく、観光市場全体に与える影響は小さくありません。
このように、中国人観光客の団体旅行停止は、政府の姿勢、旅行会社の判断、航空便の供給という複数の要素が連動した結果です。需要と供給の両面から訪日が難しくなったことが、中国人観光客減少を加速させた大きな要因といえるでしょう。
中国人観光客が減少する経済的要因

中国人観光客の減少を考えるうえでは、政治や外交だけでなく、中国国内の経済状況と人々の消費行動の変化にも目を向ける必要があります。かつて訪日観光を支えていた中間層を中心に、経済環境の変化によって海外旅行の位置づけが変わりつつあります。
本章では、中国国内の景気動向と消費マインドの変化が、中国人観光客の減少にどのようにつながっているのかを整理します。
中国国内景気の減速と家計への影響
近年の中国経済は、高度成長期と比べて明確に減速しています。不動産市場では価格下落や取引停滞が続き、家計資産の大きな部分を占めてきた不動産の価値に対する不安が広がっています。加えて、若年層を中心に雇用環境の先行き不透明感が強まり、都市部の中間層でも「将来に備えて支出を抑える」意識が高まっています。その結果、日常消費だけでなく、まとまった金額を必要とする支出全般に慎重な姿勢が見られるようになりました。
こうした環境下では、海外旅行のように数十万円単位の出費を伴う支出は、真っ先に見直しの対象となります。日本旅行は以前ほど特別なぜいたくではなくなった一方で、航空券や宿泊費を含めると依然として負担の大きい支出です。経済の先行きが読みにくい状況では、「今は行かなくてもよい」「近場や国内で代替できる」と判断されやすく、結果として訪日旅行の優先順位が下がっているのが実情です。
海外旅行に対する消費マインドの変化
中国人観光客の消費行動にも変化が見られます。かつては「経験」や「体験」に積極的にお金を使う層が増えていましたが、近年は節約志向が強まり、支出に対してより慎重な判断が行われるようになっています。海外旅行についても、回数を減らしたり、距離の近い地域や国内旅行へ切り替えたりする動きが広がっています。
特に、日本への旅行は航空券代や宿泊費の負担が相対的に大きく、為替や物価の影響も受けやすい点が敬遠材料となっています。円安が進んだ局面でも、燃油サーチャージや航空運賃の上昇が重なり、「思ったほど安くない」という印象を持つ人が増えました。
円安でも訪日需要が戻らない理由
日本側から見ると円安は訪日需要を押し上げる要因と考えられがちですが、中国人観光客に限っては必ずしもその効果が十分に発揮されていません。その背景には、中国国内の経済減速によって、そもそも海外旅行に使える余裕が縮小していることがあります。
| 観点 | 以前の状況 | 現在の状況 |
|---|---|---|
| 中国国内景気 | 高成長 | 減速傾向 |
| 家計の余裕 | 拡大 | 将来不安で抑制 |
| 海外旅行 | 優先度が高い | 削減対象 |
| 日本旅行 | 割安感あり | コスト意識が強まる |
この表から分かるように、円安という日本側の条件があっても、中国人観光客の側では「出費を抑えたい」という意識が上回っています。その結果、日本旅行は価格面での魅力だけでは選ばれにくくなっています。
経済要因がもたらす構造的な影響
中国人観光客の減少は、一時的な景気変動によるものというより、消費行動そのものが変化していることを示しています。海外旅行を頻繁に行う層が縮小し、旅行先を厳選する動きが強まる中で、日本は「必ず行く先」から「状況次第で見送る先」へと位置づけが変わりつつあります。
このように、中国国内の景気減速と消費マインドの変化は、中国人観光客減少の土台となる要因です。政治や旅行環境の影響が加わることで、その傾向がさらに強まっているといえるでしょう。
中国人観光客の減少と貿易の関係

中国人観光客の減少は、観光業界だけの問題ではありません。インバウンドは「人の移動」による経済活動であり、その背景には必ず国際関係や経済構造が存在します。本章では、中国人観光客の減少を、貿易や企業活動との関係性という視点から整理し、なぜこの問題がより広い経済課題として捉えられるのかを考えます。
インバウンドと貿易に共通する対中依存構造
日本の観光と貿易には共通点があります。それは、中国への依存度が高いという点です。観光分野では、中国人観光客が訪日客数・消費額の両面で重要な存在でした。一方、貿易分野でも、中国は日本にとって最大級の貿易相手国であり、多くの企業が中国市場や中国サプライチェーンに依存しています。
そのため、日中関係が不安定になると、「モノの取引」だけでなく「人の往来」も同時に影響を受けやすくなります。今回の中国人観光客減少は、対中関係の変化が実体経済にどのように波及するのかを示す分かりやすい例といえます。
中国人観光客減少が地域経済・企業活動に与える影響
中国人観光客の減少は、宿泊業や小売業だけでなく、間接的にさまざまな産業に影響を及ぼします。特に、中国人観光客への依存度が高かった地域では、消費の落ち込みが地域経済全体の停滞につながる懸念があります。
また、インバウンド向けの商品開発や販路を持つ企業にとっては、観光客の減少が売上や投資判断に影響するケースもあります。こうした状況は、対中輸出や中国市場向けビジネスを行う企業が、政治リスクや外交リスクを改めて意識するきっかけにもなっています。
中国人観光客の減少は、中国経済全体の失速を意味するものではありません。輸出主導で貿易黒字を維持する一方、家計部門では消費を抑える動きが強まっており、そのギャップが観光需要の減少として表れています。
日中関係の変化が「人」と「モノ」の流れに与える示唆
中国人観光客の減少と貿易の関係を整理すると、次のような構図が見えてきます。
| 観点 | 観光(人の移動) | 貿易(モノの移動) |
|---|---|---|
| 対中依存 | 中国人観光客への依存が高い | 中国市場・供給網への依存が高い |
| 影響要因 | 政治・世論・渡航環境 | 政策・規制・外交関係 |
| 表面化の早さ | 比較的早い | 時間差で顕在化 |
| 企業への影響 | 消費減少・地域経済 | 取引リスク・戦略見直し |
この表から分かるように、観光は貿易に比べて影響が表面化しやすい分野です。中国人観光客の減少は、いわば「最初に現れるシグナル」として、日中関係の変化が経済全体に波及する可能性を示しています。
観光減少が示す対中ビジネスのリスク認識
中国人観光客の減少は、対中ビジネス全体を見直す契機にもなっています。観光分野では需要の急変が目に見える形で表れましたが、貿易や投資の分野でも、同様のリスクが潜在的に存在しています。そのため、企業や地域にとっては、中国市場に依存しすぎない体制づくりや、取引先・市場の分散を進める重要性が改めて認識されつつあります。
このように、中国人観光客の減少は単なるインバウンド不振ではなく、日中関係と経済の結びつきを映し出す現象です。「人の流れ」の変化を通じて、「モノの流れ」や企業戦略にも影響が及ぶ可能性がある点を理解することが重要だといえるでしょう。
まとめ
中国人観光客の減少は、一時的な需要低下ではなく、政治・経済・国際関係が重なって生じた構造的な変化といえます。高市早苗氏の発言を契機とした日中関係の緊張は、中国政府や世論の慎重姿勢を通じて観光分野にも波及しました。加えて、中国国内の景気減速や消費マインドの変化により、海外旅行そのものが優先度の低い支出になっています。
さらに、団体旅行の停止や航空便の減便といった供給面の制約も重なり、訪日が選択肢から外れやすい状況が生まれました。こうした動きは観光にとどまらず、貿易や企業活動とも共通する「対中依存リスク」を浮き彫りにしています。
今後は、中国人観光客の数的回復だけを前提とせず、市場の分散や高付加価値化を進める視点が求められるでしょう。



