米政府機関閉鎖はなぜ起きるのか?仕組みをわかりやすく解説

2025年秋、アメリカでは再び政府機関の閉鎖が発生し、その期間は過去最長となる43日間に及びました。航空機の運航遅延、経済統計の発表中止、福祉支援の停止など、国内外に広く影響を与える結果となりました。
この「政府機関の閉鎖(Government Shutdown)」は、なぜアメリカで繰り返し起こるのでしょうか。日本では考えにくいこの事態の背景には、アメリカ独自の予算制度と政治対立の構造が深く関わっています。

本記事では、政府閉鎖の仕組みや法的根拠、直近の事例としての2025年の閉鎖の背景と影響、そして今後の見通しまでを、制度的・経済的観点からわかりやすく解説します。米国とのビジネスや貿易に関わる方にとっても、重要な視点となるはずです。

米政府機関閉鎖とは?制度的な仕組みと背景

アメリカでたびたび発生する政府機関の閉鎖は、政治的な争いの産物である一方、制度そのものが引き起こす現象でもあります。この章では、米政府閉鎖がどのような法律と制度に基づいて起こるのか、その構造と仕組みを丁寧に解説します。

米政府機関閉鎖が発生する根本原因

アメリカで発生する「政府機関の閉鎖(Government Shutdown)」は、突発的な災害や緊急事態によるものではなく、極めて制度的な要因に基づいています。その最大の原因は、議会が予算を期限内に可決できないことにあります。連邦政府の各機関は、議会で承認された予算に基づいて業務を行う仕組みとなっており、この承認が得られない限り、法的に資金を使用することができません。
つまり、「予算不成立」=「機関の資金停止」=「業務停止」という構造が法制度上に組み込まれているのです。

米連邦予算の決定プロセスと歳出法案

米国の予算編成は、毎年10月1日から始まる会計年度(fiscal year)を基準に進められます。予算は大統領が提出し、下院、上院の両議会で審議され、それぞれが12本の歳出法案として成立する必要があります。これらの法案には、国防、内務、農務、教育など、主要な政府機関に対する資金の配分が含まれます。

予算が期限内にすべて成立しなければ、対象となる省庁の業務は法的に停止せざるを得ません。1本でも成立しなければ、その法案に関連する機関のみが閉鎖されるケースもあります。したがって、複数の法案が未成立のまま会計年度を迎えると、「一部閉鎖」または「大規模閉鎖」となります。

アンタイディフィシエンシー法と閉鎖の法的強制力

政府閉鎖の法的根拠となるのが、1884年に制定された「アンタイディフィシエンシー法(Antideficiency Act)」です。この法律は、議会の承認を得ていない状態で連邦資金を支出することを明確に禁止しており、違反すれば刑事責任も問われる可能性があります。

そのため、たとえ現場の業務が必要であっても、予算がない状態では執行できません。政府機関はこの法律を厳密に守らなければならず、予算が切れた瞬間に「合法的に仕事ができない」状態となるのです。これが、法的に義務づけられた業務停止=政府機関閉鎖の実態です。

エッセンシャル業務と非エッセンシャル業務の区分

ただし、政府のすべての業務が一斉に止まるわけではありません。アメリカ政府は閉鎖時に、業務を「エッセンシャル(必要不可欠)」と「非エッセンシャル(非必須)」に分類します。安全保障、警察、郵便、航空管制、軍事関連などは継続される一方で、国立公園の運営、統計調査、パスポート申請、ビザ処理、展示施設などは停止または大幅縮小されます。

この区分はOMB(行政管理予算局)や各省庁が事前に策定しており、閉鎖が発生した際に即時適用されます。

つなぎ予算(Continuing Resolution:CR)の役割と限界

閉鎖を回避するための一時的措置として用いられるのが、「つなぎ予算(Continuing Resolution:CR)」です。これは、正式な歳出法案が成立するまでの間、前年度の予算水準を基準に暫定的に政府機関を運営する制度です。
CRは短期間の合意があれば政府閉鎖を回避できますが、根本的な対立が解消されたわけではないため、「短期間の延命措置」にすぎないという指摘もあります。

近年では、つなぎ予算の連続使用が常態化し、「予算が政治の交渉カード」と化す傾向が強まりつつあります。特に政権と議会が異なる政党に属している場合、CRすら成立せず、閉鎖に陥る可能性が高くなります。

用語・制度名概要
会計年度米国政府の予算年度。10月1日〜翌年9月30日。
歳出法案各政府機関に予算を配分するための12本の法案。
アンタイディフィシエンシー法議会の承認なしに支出することを禁じる連邦法。
エッセンシャル業務閉鎖中も継続される必要不可欠な業務(軍事、郵便、航空など)。
つなぎ予算(CR)暫定的に前年度の予算を延長するための措置。予算不成立時に活用。

このように、米政府機関の閉鎖は一見すると混乱のように見えますが、実際には連邦制度と議会制度の組み合わせから発生する制度的な必然ともいえます。

2025年の米政府機関閉鎖:史上最長となった政治的背景

2025年秋に発生した米政府機関の閉鎖は、43日間におよび、米国史上最長を記録しました。その背景には、単なる予算不成立を超えた深刻な政策対立と、政権による戦略的な対応がありました。この章では、閉鎖が発生した経緯、対立の構図、そして政治的に仕組まれた措置について詳しく解説します。

閉鎖の発生経緯と対立構造

2025年9月30日、米連邦議会の上院は、会計年度最終日に提出されたつなぎ予算案(Continuing Resolution:CR)を否決しました。必要な60票には届かず、賛成は55、反対は45。翌10月1日も再び同様の採決が行われましたが、結果は変わりませんでした。これにより、政府機関は10月1日午前0時から法的に予算を失い、閉鎖に突入しました。

共和党が多数を占める下院ではCR案が217対212で可決されていましたが、上院での否決によって政府閉鎖が確定しました。その後も数週間にわたって上下両院での協議は難航し、最終的に閉鎖が終了したのは11月12日。下院で賛成222、反対209で可決された最終的なCRに、同日夜、トランプ大統領が署名したことで閉鎖は解除されました。

日付機関採決結果主なポイント
9月30日上院否決(55対45)必要な60票に届かず閉鎖決定
10月1日上院(再)否決(同上)民主党案も否決、協議難航
11月10日上院可決(詳細非公表)穏健派民主党が一部賛成
11月12日下院可決(222対209)共和党+一部民主党が賛成
同日夜大統領署名閉鎖終了、政府機能再開へ

主な争点:医療補助・移民・社会保障

この閉鎖の中心的な争点となったのは、民主党が求めた「オバマケアの補助金延長」でした。これは低〜中所得層に対して保険料の補助を行う制度ですが、2025年末で期限切れを迎える見通しでした。民主党はつなぎ予算にこの補助金の延長を組み込むよう要求。一方、共和党はこれを「不法移民への医療提供の温床」と非難し、強く反対しました。

また、教育支援、低所得者向けの食費補助(SNAP)、住宅補助など、社会保障分野における予算拡大方針も激しく争点となりました。共和党はこれらを「財政の健全性を損なう過剰支出」として削減を主張し、最終的に双方の歩み寄りは極めて限定的なものにとどまりました。

トランプ政権による「狙い撃ち型」閉鎖戦略

今回の閉鎖は、政権による「恣意的な予算執行」が明らかになった点でも注目されました。行政管理予算局(OMB)のラッセル・ヴォート局長は、閉鎖初日の10月1日、バイデン政権時代のエネルギー・インフラ関連支出、約80億ドルを取り消すと発表。対象は、2024年大統領選で民主党が勝利したカリフォルニア、ニューヨーク、コロラド、ニュージャージーといった州に集中していました。

この措置について、政権は「左派の気候変動アジェンダを阻止する」と説明しましたが、政治的意図があったことは明らかです。さらに、ニューヨーク州のハドソン・トンネルおよび2番街地下鉄への資金(計180億ドル)も停止。多様性、公平性、包括性(DEI)に偏った事業と判断されたと発表されました。

閉鎖中も継続された政権優先施策

一方で、閉鎖の影響を受けなかった事業もあります。政権関係者によると、関税の執行や移民の取り締まりなど、トランプ政権が特に重視する政策分野は、閉鎖中も業務が維持されました。これはこれらの機能が「必要不可欠な業務(エッセンシャル)」と見なされたことに加え、議会歳出に依存しない予算構造であったためです。

さらに、ホワイトハウス内の舞踏場建設などのプロジェクトも閉鎖中に継続。政権が特定の領域に優先順位をつけ、選別的に閉鎖の影響を及ぼしていたことが浮き彫りとなりました。

このように、2025年の米政府機関閉鎖は、制度上の欠陥にとどまらず、政治的な思惑が色濃く反映された複合的な現象でした。

米政府機関閉鎖が経済と市民生活に与える影響

2025年の政府閉鎖は、制度や政治の問題にとどまらず、国民生活や経済活動に直接的な影響をもたらしました。43日間という長期にわたる閉鎖は、公共サービスの停止や民間業務の遅延だけでなく、金融市場やマクロ経済にも波及し、その後の政策判断にも影響を残しています。この章では、実際に何が止まり、何が失われたのかを具体的に確認していきます。

雇用と公共サービスへの直接的打撃

政府閉鎖により、約65万人の連邦政府職員が一時的に強制休業となりました。これらの職員の多くは「非エッセンシャル業務」に分類され、業務が全面停止されたため、自宅待機を命じられ、給与も支払われませんでした。ただし、法律上、閉鎖が解除された後に未払い分の給与は全額支給されることとなっています。

また、パスポートやビザの発給、国立公園の運営、住宅ローンの審査、食品安全検査など、多くの行政サービスが停止または大幅に縮小され、市民生活に広範な影響が出ました。

交通・航空インフラへの影響

閉鎖の影響は空の交通にも及びました。航空管制官や安全検査員の人員削減により、主要空港では発着便の遅延や欠航が相次ぎました。特に週末や祝日のピーク時には混乱が深刻化し、ビジネス渡航や観光業への影響が報告されています。

デルタ航空のCEOも「運航スケジュールは週末までに正常化する見込み」と語るなど、航空業界は復旧に奔走しましたが、搭乗者や航空会社にとっては大きな負担となりました。

CPI・雇用統計の公表中止と金融政策への影響

政府機関の閉鎖により、経済統計の作成業務も停止されました。労働省は10月に発表予定だった消費者物価指数(CPI)と雇用統計の公表中止を発表。これにより、11月から12月にかけて実施される金融政策会合(FOMC)は、物価や雇用に関する最新データを欠いたまま政策判断を迫られるという、極めて異例の状況となりました。

アメリカの雇用統計については、以下の記事で解説しています。

金融市場にとって、FRBの判断に影響を与えるデータの欠落は不透明感を生み、金利動向やドル為替の一時的な乱高下にもつながりました。

実質GDP成長率の下押しと経済的損失

米議会予算局(CBO)によると、今回の政府閉鎖は2025年第4四半期の実質GDP成長率を年率換算で1.5ポイント押し下げたと試算されています。これは、閉鎖中に発生した行政サービスの停滞、航空便のキャンセル、消費支出の減少、社会保障支給の遅れなどが複合的に影響した結果です。

さらに、財務長官は11月の会見で「今回の閉鎖は経済に1,100億ドル相当の恒久的損失を与えた」と指摘しました。中でも、低所得者層に対するフードプログラム(SNAP)の停止によって食品購入機会が失われた点や、一部民間企業での売上減少は、今後の景気回復においても回復困難な影響として残るとみられています。

分野影響内容
雇用・労務約65万人が一時帰休、給与は閉鎖解除後に一括支給
行政サービスパスポート、ビザ、国立公園など多くの業務が停止
航空空港の遅延・欠航が多発、航空業界に大きな負担
統計指標CPI・雇用統計が未発表に、金融政策判断に影響
経済成長実質GDP成長率▲1.5pt、経済損失は1,100億ドル超

経済統計の中断や公共サービスの一時停止は、単なる「一時的混乱」ではなく、金融政策や市場全体に波及するリスクを伴う深刻な結果を招きました。

政府機関閉鎖はなぜ繰り返されるのか?制度的限界と政治戦略

政府閉鎖は、単に予算が通らなかったという一過性のトラブルではなく、米国の制度と政治の構造的な問題に起因する現象です。しかも近年では、政府閉鎖が政争の道具として利用される傾向も強まっています。この章では、政府閉鎖が繰り返される根本的な理由と、制度改革の議論について解説します。

政府閉鎖が「政治的な武器」になる構造

米国では、予算成立が政党間の大きな交渉材料と化しています。つなぎ予算や歳出法案が成立しない状況を「政府閉鎖」という圧力手段として利用する動きは、与野党ともに過去に実施してきた戦術です。

今回の2025年閉鎖においても、共和党の一部議員は「政府閉鎖を利用して歳出削減を迫るのは正当な政治手段だ」と発言。さらに、マイク・ジョンソン下院議長はラジオ番組で、「閉鎖が長引けば長引くほど、政府職員の数を減らせる」と述べ、意図的な引き延ばしを正当化しました。

このように、政府閉鎖は国民への打撃よりも政治的な得失を優先して判断される構造が定着しつつあります。

議会制度の機能不全とフィリバスターの壁

政府閉鎖を防ぐためには、つなぎ予算を含む歳出法案が上院で60票以上の賛成を得る必要があります。これが「フィリバスター回避要件」と呼ばれるもので、通常の過半数(51票)では可決できません。

しかし、現実には政党間の対立が深まり、60票を超える合意形成が年々困難になっています。上院における少数派の議事妨害(フィリバスター)は制度的に認められており、これが政府運営のボトルネックとなっています。

特に、ねじれ国会(上院と下院で多数党が異なる状態)の場合、どちらか一方が妨害すれば予算成立を実質的に止めることが可能な制度設計が、閉鎖の頻発を助長しています。

党内分裂と過激化する政治的立場

かつては超党派の合意が比較的容易だった米議会ですが、近年は政党内での分裂も進行しています。共和党では、強硬保守派がCRの可決すら妨げる場面があり、民主党側も左派と中道派の政策スタンスに隔たりが見られます。

その結果、「政党間の対立」だけでなく、「党内対立」も合意形成を阻害する要因となっています。今回の閉鎖でも、共和党内でCR案の内容を巡って対立があり、党指導部の足並みが揃わないまま閉鎖に突入しました。

再発防止に向けた制度改革の議論

こうした状況を受けて、政府閉鎖を未然に防ぐための制度改革も検討されています。代表的なのは、「自動予算執行制度(automatic continuing resolution)」です。これは、日本のように予算が成立しなくても前年の水準で政府運営を継続する制度で、議会が停止しても基本機能は維持される仕組みです。

また、フィリバスターのルール緩和や廃止、歳出法案の一括処理、政府機関ごとの個別交渉制の見直しなど、複数の制度改革案が議論されているものの、どれも政党間の利害対立によって実現には至っていません

要因区分課題内容
政治戦略政府閉鎖を交渉手段として利用する風潮
議会制度上院のフィリバスター制度による合意形成の困難
党内対立各党内部での政策分裂が妥協を阻害
制度未整備自動予算執行制度の不在により閉鎖が法的に発生しやすい
改革停滞制度改革への合意が形成されず現状維持が続く

制度疲労が顕在化している今、政府閉鎖のリスクは一時的に回避できても、根本的な解決には至っていません。

米政府機関閉鎖のまとめと今後の見通し

2025年に発生した米政府機関閉鎖は、制度的な限界と政治的対立が複雑に絡み合い、史上最長となる43日間に及びました。閉鎖の影響は行政サービスの停止にとどまらず、航空・貿易・統計指標の欠如を通じて、経済や金融政策にまで波及しました。制度上、今後も閉鎖が繰り返される可能性は高く、特に政権と議会が異なる政党に分かれる局面では警戒が必要です。

米国との取引や事業を行う企業にとっては、こうした政治リスクを踏まえた柔軟な対応策が求められます。状況に応じた判断が必要な場合には、専門家に一度相談してみることをおすすめします

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