日本の関税制度は、単に国の財源を確保するための仕組みではなく、国内産業を保護しつつ、国際的な自由貿易を推進するという二重の役割を担っています。特に日本は、自由貿易を基本方針としてきた一方で、農業などの分野では国内産業を守るために高い関税を維持してきました。
このように関税は、政策目的や産業構造に応じて柔軟に運用される極めて重要な制度といえます。
2025年は、日本の関税政策にとって大きな転換点を迎えた年でもあります。米国による対日輸入関税の変更、広域経済連携協定(FTA/EPA)の拡大、そして世界貿易機関(WTO)の改革をめぐる議論など、国際通商環境における変化が相次ぎました。
これらの動向は、日本企業や消費者の生活に直接影響を及ぼすものであり、関税を理解することは、経済やビジネス戦略を考える上で不可欠な視点となっています。
本記事では、日本の関税制度の基礎構造を解説したうえで主要品目別の関税率を一覧表で示し、さらに2025年時点での最新動向や企業・消費者への影響を整理しつつ、今後の課題と戦略を総合的にまとめます。
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日本の関税制度の基礎構造

関税を正しく理解するためには、まず日本の関税制度がどのような枠組みで成り立っているのかを押さえることが重要です。関税には複数の種類や体系があり、課税方式にも違いが存在します。
また、品目分類の基本であるHSコードや、FTA/EPAを活用するために欠かせない原産地規則など、実務上重要な要素も多岐にわたります。
ここでは、日本の関税制度の全体像を順序立てて解説します。
関税の種類と税率体系
日本の関税は大きく二つの柱で構成されています。文章で説明するだけでは複雑に見えがちですが、以下のように分類すると整理しやすくなります。
- 国定税率
–基本税率:法律で定められた基礎的な税率
–暫定税率:特定の事情に応じて、基本税率に代わり優先的に適用される税率 - 協定税率
–最恵国待遇(MFN)税率:WTO加盟国からの輸入に適用される税率
–特恵税率:開発途上国からの輸入品に適用される低率または無税の税率
このように、国定税率は国内法に基づく「内向き」の仕組みであり、協定税率は国際協定に基づく「外向き」の仕組みと整理できます。
課税方式
関税額を算出する方法も複数存在し、仕組みを理解していないと実務上の誤解につながる可能性があります。代表的な方式は以下のとおりです。
- 従価税(Ad Valorem Duty):輸入品の価格に一定の税率をかけて算出する方式
- 従量税(Specific Duty):重量や数量など物理的な基準に基づいて課税する方式
- 混合税(Mixed Duty):従価税と従量税を組み合わせて、より高い税額を適用する方式
- 複合税・選択税:両方を合算、または高い方を適用する特殊方式
農産物のように価格変動の影響を避けたい品目では従量税が多用され、一方で工業製品や雑貨には従価税が中心に用いられる傾向があります。
HSコードと関税率決定
HSコード(Harmonized System Code)は、世界共通の品目分類コードであり、関税率を決める際の基本となります。6桁の国際共通コードに、日本ではさらに3桁を加えた「統計品目番号」が使用されています。
ただし、HSコードは共通の枠組みでありながら、国ごとに独自の追加分類や解釈の違いが存在します。例えば、日本では無税で輸入できる品目でも、他国では課税対象となる場合があります。このような差異は、国際取引における不確実性を生み、時に貿易摩擦の原因となることもあります。
したがって、輸入実務では「正しいHSコードの特定」が極めて重要です。誤った分類は、追加課税やペナルティにつながる可能性があるため注意が必要です。
HSコードの具体的な検索手順や分類のコツは、以下の記事で詳しく解説しています。

FTA/EPAと原産地規則
FTA(自由貿易協定)やEPA(経済連携協定)は、日本の輸出入企業にとって関税を削減・撤廃する大きなメリットをもたらします。しかし、これらの協定を利用するためには「原産地規則」を満たす必要があります。
原産地規則とは、輸入品が協定締結国で生産されたことを証明するルールであり、これを証明できなければ関税の優遇を受けることはできません。
実務上、この原産地規則の管理は非常に複雑です。例えば、自動車や電子機器のように部品を複数の国から調達して組み立てる場合、どの国を「原産国」と認定するのかを証明するには厳格な書類や管理体制が必要です。中小企業にとってはこの管理コストが大きな負担となるケースも少なくありません。
そのため、FTAのメリットを享受するには、サプライチェーン管理の強化や専門知識を持つ人材の確保が欠かせないのです。
主要協定の仕組みと最新の引き下げスケジュールは、以下の記事をご覧ください。

日本の関税一覧(主要品目別・2025年版)

日本の関税は品目ごとに大きく異なり、2025年時点でも農産物や工業製品などの分野によって水準に明確な差が見られます。以下では代表的な関税率を整理します。
日本の関税制度の最大の特徴は、農産物に極めて高い関税を課す一方で、自動車をはじめとする工業製品には低率または無税を適用している点にあります。
こうした二極構造こそが、日本の通商政策や国際交渉の基盤を形づくっているのです。
なお、正確な税率は品目分類(HSコード)やFTA/EPAの適用有無によって変わるため、必ず税関が公表する「関税率表(2025年4月1日版)」を参照することが重要です。
日本の主要品目別関税率一覧(2025年版)
分類 | 主な品目例 | 日本の関税率(2025年時点) |
---|---|---|
農産物 | 米・小麦・果物 | 数十%〜数百% |
水産物 | 魚介類・加工品 | 約3.5〜10% |
工業製品 | 自動車・部品 | 自動車0%、部品3〜5% |
衣料・繊維 | 衣料品・靴・革製品 | 5〜10%前後 |
化粧品・雑貨 | 化粧品・日用品 | 0〜5%前後 |
農産物の関税
農産物は日本の関税体系の中でも特に高率であり、国内農業を守るための防衛ラインとして機能しています。米は関税割当数量を超える輸入に対して 778% という極めて高い関税が課されており、世界でも突出した水準です。
小麦や果物も高率の関税対象で、国内農業を守るための重要な政策手段となっています。
米国産牛肉については、日米貿易協定に基づき2025年4月時点で21.6%、2033年には9%まで段階的に引き下げられるスケジュールが定められています。
水産物の関税
水産物は農産物に比べると関税水準は低めで、3.5〜10%程度が中心です。ただし、品目や加工度によって差があり、輸入価格や流通コストに影響を及ぼしています。水産資源保護の観点からも、一定の関税が維持されているのが特徴です。
工業製品の関税
工業製品の関税は低率または無税であり、日本の自由貿易志向を反映しています。特に自動車は1978年に輸入関税が撤廃されて以降、現在も0%を維持しています。これは米国が日本車に課している関税(2025年時点で交渉の末15%)とは全く別のものです。
一方、自動車部品などには3〜5%の関税が残されていますが、FTAやEPAを通じて徐々に撤廃が進んでいます。
衣料・繊維製品の関税
衣料品や繊維製品は5〜10%前後の関税が一般的です。特にHS61類(編物の衣類)やHS62類(織物の衣類)が中心で、革靴や皮革製品ではさらに高めの税率が設定されるケースもあります。
アパレル業界ではFTAを活用することで関税削減が可能ですが、そのためには厳格な原産地規則の管理が必要です。
化粧品・雑貨の関税
化粧品や日用品は、0〜5%前後と比較的低関税に設定されています。これにより、消費者は海外ブランド製品を手頃な価格で購入できる一方、輸入業者にとってはFTA/EPAを利用することでさらにコスト削減の余地があります。
特に化粧品(HS33類)は低関税の代表例として知られています。
日本の関税をめぐる最新動向(2025年時点)

2025年の国際通商環境は、日本の関税政策に大きな影響を与えています。特に米国による対日関税措置の変更、半導体や医薬品をめぐる経済安全保障上の交渉、WTO改革の行方、そして広域経済連携協定(CPTPP・RCEP)の進展といった要素が複雑に絡み合っています。
これらの動向を整理することで、日本企業が直面するリスクとチャンスをより具体的に理解できます。
米国による対日関税変更
2025年の米国による追加関税措置では、日本の自動車メーカーが一時的に 数百億円規模のコスト増を余儀なくされ、価格設定や輸出台数の調整を迫られる事態となりました。
米国関税変更の時系列(2025年)
月 | 出来事 | 内容 |
---|---|---|
3月 | 追加関税導入 | 通商拡大法232条に基づき、日本を含む全ての国からの輸入自動車に25%追加関税を課す。既存2.5%と合わせて合計27.5%。 |
8月 | 相互関税制度導入 | 米国は一律15%の「相互関税」を適用開始。日本からの輸入品も対象に。 |
9月 | 引下げ決定 | 日米交渉を経て、自動車関税を15%に引下げ。8月7日以降の輸入に遡及適用され、超過徴収分は払い戻しへ。 |
この一連の流れは、米国が関税を単なる保護主義ではなく、交渉カードとして活用していることを示しています。
相手国に譲歩を迫り、自国に有利な条件を引き出す「ディール型通商政策」が鮮明になったといえるでしょう。
経済安全保障と半導体・医薬品交渉
半導体や医薬品は、経済安全保障の観点から「戦略物資」と位置づけられています。
2025年の日米交渉では、これらの品目を関税免除の対象とし、供給網の強靭化を目的とした協調が進められました。これは単なる関税削減を超え、サプライチェーンの再編や投資協調を伴うものであり、今後の国際通商ルールのあり方に新たな方向性を示しています。
日本企業にとっては、こうした協議が市場アクセスの安定化につながる一方、経済安全保障上の規制強化によって新たなコンプライアンス負担を生む可能性もあります。
WTO改革と多国間交渉
世界貿易機関(WTO)は、紛争解決機能の停滞や加盟国間の対立により、その権威が揺らいでいます。米国が一方的な関税措置を取る背景には、現行ルールでは国家主導型経済(中国など)の慣行に対応できないという不満があります。
こうした中、日本はWTO改革の必要性を強く訴え、特に電子商取引やデジタル貿易ルールの形成において共同議長国として主導的な役割を果たしています。
これは、多国間自由貿易体制を維持しつつ、新しい分野で主導権を握る戦略的な取り組みといえます。
FTA/EPAの拡大:CPTPP・RCEPの進展
広域経済連携協定は、日本の関税政策を大きく変える要素です。
CPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)やRCEP(地域的な包括的経済連携協定)は、アジア太平洋地域で関税撤廃を進める枠組みとして重要な役割を果たしています。
CPTPPの枠組みにより、例えば チリ産ワインの対日関税(15%)が段階的に撤廃 されるなど、消費者にとっても輸入価格の低下が実感されつつあります。これにより輸入業者は仕入れコストを抑え、国内市場での価格競争力を高めることが可能になりました。
具体的には、RCEPにより中国産そば粉の対日関税が21.3%から11.6%へと大幅に引き下げられるなど、実際の優遇措置が進んでいます。また、関税引下げのスケジュールは国ごとに異なり、日本・インドネシア・フィリピンは毎年4月1日、その他加盟国は1月1日に改定を行うなど、制度運用にも特色があります。
これらの協定により、関税の削減・撤廃だけでなく、統一された原産地規則を通じてサプライチェーンの効率化や強靭化が期待されます。一方で、企業にとっては協定活用のための原産地管理体制を強化する必要性が増しているのも事実です。
日本の関税が企業と消費者に与える影響

関税は単なる輸入コストにとどまらず、企業の戦略や消費者の生活に直接的な影響を及ぼす要素です。輸出企業にとっては国際競争力を左右する要因であり、輸入企業や消費者にとっては物価や購買行動に直結します。
また、サプライチェーン全体にとっても、関税政策の変化は調達先や生産拠点の見直しを迫る契機となります。ここでは、輸出企業・輸入企業/消費者・サプライチェーンという3つの側面から影響を整理します。
輸出企業への影響
輸出企業にとって、関税は海外市場での価格競争力を大きく左右します。FTAやEPAを活用することで関税を削減できれば、現地での販売価格を下げ、競争優位性を確保することが可能です。
たとえば日EU・EPAでは、日本車にかかる関税が段階的に削減され、欧州市場でのシェア拡大に寄与しました。
一方で、米国のように突発的に追加関税が課されるケースでは、コスト増と売上減少のリスクが現実化します。2025年の米国の自動車関税措置はその典型例であり、輸出企業は価格調整や販売戦略の再構築を迫られました。
このように、輸出企業は関税政策の変動に敏感であり、安定的な収益を確保するためには、複数市場への展開や関税リスクのヘッジが不可欠です。
輸入企業・消費者への影響
輸入企業や消費者にとって、関税は商品価格に直結します。輸入品に高関税が課されれば、その分だけ輸入コストが増加し、最終的に販売価格や消費者の負担に反映されます。特に食品や日用品といった生活必需品に関しては、関税引き上げが物価上昇やインフレーションを引き起こす要因となり得ます。
2025年には輸入果物の価格が前年よりおおむね10%以上上昇した可能性がある例も報告されつつあり、関税や為替の影響が家計に直接反映される場面も見られます。
さらに、ある品目に急激な関税が課されれば、市場から低価格帯の商品が姿を消し、消費者の選択肢が狭まることにもつながります。輸入業者にとっても、こうした価格変動は在庫管理や仕入れ戦略に直結する重大な課題です。
サプライチェーンと国内産業保護
関税の変動は、グローバルなサプライチェーン戦略にも大きな影響を与えます。従来は「安価な生産拠点を求める」ことが主流でしたが、2025年以降は安定供給とリスク分散がより重視されるようになっています。
中国依存を減らす「チャイナ・プラスワン」戦略や、複数国にまたがる生産・調達体制の構築は、多くの企業が採用する方向性となっています。
さらに、米国関税への対応策として、日本政府は「米国関税対策ワンストップポータル」を設け、中小企業向けの融資支援や、技術転換を支援する専門家派遣(ミカタプロジェクト)などを展開しています。これにより、関税リスクを抱える企業に具体的なサポートが提供されつつあります。
加えて、複雑化する関税制度や原産地規則への対応にはデジタルトランスフォーメーション(DX)の活用が不可欠です。AIによる需要予測、在庫管理の最適化、原産地証明のデジタル化、物流ルートの自動設計など、テクノロジーを駆使することで関税リスクを管理する流れが加速しています。
関税は単なるコスト要因ではなく、企業の経営モデルや競争戦略を再定義する契機となっているのです。
日本の関税まとめ
日本の関税制度は、国内産業を守るための防波堤であると同時に、自由貿易を推進するための仕組みとして機能しています。特に農産物に極めて高い関税を維持しつつ、自動車をはじめとする工業製品には低率または無税を適用するという二極的な構造が、その大きな特徴です。
2025年は、米国による対日関税措置、半導体や医薬品をめぐる経済安全保障上の交渉、さらにCPTPPやRCEPの進展といった出来事が重なり、日本の関税政策はかつてない注目を集めました。これらの動きは、単なる通商問題にとどまらず、国際政治や地政学リスクとも密接に結びついており、関税のあり方がグローバルな戦略課題へと変化していることを示しています。
こうした環境の中で、企業に求められるのは最新情報を正しく把握し、FTAやEPAを戦略的に活用しながら、特定国依存を避けた強靭なサプライチェーンを構築する姿勢です。
関税はもはや静的なコストではなく、企業の経営判断や競争力を左右するダイナミックな要素となっています。
自由化と保護の両立を模索する日本の関税政策を理解し、その変化に柔軟に対応することこそが、国際ビジネスにおける持続的な成長の鍵になるでしょう。