日本の製薬業界は人口減少や高齢化、薬価政策の影響を受け、従来の成長モデルに限界が見え始めています。国内市場だけに依存することが難しくなり、各社は海外進出や新たなビジネスモデルへの挑戦を迫られています。
本記事では、日本市場が直面する課題と構造的要因を整理したうえで、武田薬品工業の事例を通じて海外進出戦略の重要性を解説します。
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日本市場が直面する課題と構造的要因
日本製薬市場の縮小とその背景
日本の人口減少と少子高齢化が進む中、国内製薬市場の縮小は避けられなかった結果だったかもしれません。市場の縮小は、国内製薬会社が既存の主力事業での成長を困難にする結果をもたらしました。
また、高齢化による社会保障関連費用の増加を抑制するための政府の薬価引き下げの動きが加速し、これは結果的に製薬会社の利益を減少させる要因となりました。
海外へのシフトと研究開発の変化
このように、日本の製薬市場が内外の要因で縮小する中、国内の大手製薬会社は成長の源泉を海外に求めなければならない状況になりました。 以前は日本に医薬品の生産拠点や研究所を置いていた海外のビッグファーマ(グローバル巨大製薬会社)が多かったのですが、現在では研究所を中国に移転し、ほとんどの企業が日本から撤退している状況です。
結果、日本国内では研究開発の共同化現象が進むようになってしまいました。産業界全体に渡る問題が発生しているのが現状なのです。
世界市場との格差と日本の構造的問題
世界の医薬品市場は堅調な成長を見せています。医薬品市場規模は2021年時点で約1兆4240億ドルとなり、過去5年間で約1.3倍、年平均5.1%の成長を遂げています。 しかし、この期間中、日本市場の成長率は年0.5%にとどまり、国内製薬会社の成長が世界的なトレンドに追いついていないことが明白となりました。
このような状況で、日本の製薬競争力が後退している理由について考えると、必然的な結論にたどり着きます。画期的な新薬の実用化には、通常10年以上の時間と数千億円のコストがかかるとされています。つまり、製薬会社にとって、新薬開発は非常に高いリスク負担を伴う事業なのです。
リスクを冒して新薬開発に成功した場合、製薬会社は新薬開発にかかった費用を回収し、十分な利益を生み出すことを望みますが、しかし日本の場合、製薬会社が新薬開発を通じて十分な利益を生み出すことは構造的に困難です。 日本は特許期間中も政府の介入で薬価が低く抑えられるという、他の先進国とは異なる政策が介入しているからです。
薬価政策と競争力低下のジレンマ
こうした政策は、政府の介入で薬価を低く維持し、製薬会社の研究開発費を投資して新薬を開発する動機をますます低下させます。一方、政府は適所に医薬品を供給して国民の福祉を増進すると同時に、社会保障費用を抑制する義務があるため、医薬品価格を抑制することは、高齢者層が増加する状況で政府のやむを得ない選択でもあります。
したがって、国内市場には製薬会社のグローバル競争力の低下が避けられない、国家構造的な問題があると言わざるを得ません。
国内製薬会社の海外進出と新領域参入
このような構造的な困難に対応するため、国内製薬会社は海外進出を通じて新たな成長の機会を模索しています。日本市場だけを重視することは、もはや国内製薬会社にとって生存可能な環境ではないからです。
その結果、製薬会社はグローバル進出を推進すると同時に、DX企業と連携して予測・予防領域にも積極的に参加しています。このような動きは製薬会社にとって大きな挑戦であり、既存のビジネスモデルから脱却する重要な転換点でもあるわけです。 結局、世界で競争力を持った製薬企業だけが生き残ることができる強者生存の環境が形成されつつあるのです。
日本の製薬市場は薬価抑制や少子高齢化により成長余地が限られており、各社は海外展開とグローバル戦略への転換を迫られています。その中で武田薬品は、積極的なM&Aと研究開発投資を通じて世界市場での競争力強化に挑んできました。
武田薬品工業、輝く成長の歴史
武田薬品工業はもともと「グローバル企業」というイメージはあまりありませんでしたが、2005年以降、積極的な海外M&Aによって目覚ましい成長を遂げ、今では世界的な規模の製薬会社に成長することができました。
まずは、武田薬品工業が2005年から行ってきたM&A事例を簡潔にご紹介します。
- 2005年
抗がん剤などを研究開発で著名な米国のシリックスを買収。(約280億円) - 2008年
米バイオ医薬品メーカーのミレニアム・ファーマシューティカルズを買収。また、米国アムジェン社の日本における子会社を買収。 - 2011年
スイスの製薬大手、ナイコメッド社の買収を約1兆円で買収。 - 2017年
がん関連の医薬品企業アリアド・ファーマシューティカルズを総額約52億米ドルで買収。 - 2018年
シャイアー買収のため、武田薬品工業は12月にニューヨーク証券取引所に上場 - 2019年
アイルランドの製薬大手シャイアーを6兆8000億円で買収。シャイアー社の買収により、海外の売上高が急増。

武田薬品工業:海外に注目した理由
日本の医薬品市場は、かつては世界市場の約21%を占めるほど大きな規模を誇っていましたが、2017年には7%まで落ち込みました。 ここで、武田薬品工業は日本市場の縮小を予見し、いち早くグローバル化を進めたとのことです。
実際、武田薬品工業の経営陣は「日本市場だけに頼ることは企業の体力を低下させるので、研究開発に全社命をかけて革新的な医薬品を販売するべきだ」と発言したこともあるそうです。
しかし、大胆な決断には責任が伴うものです。当社が2019年に買収したシャイアー社は、武田薬品工業に海外売上高急増という朗報をもたらしましたが、同時に財務的にも大きな負担を与えたのです。
武田薬品工業は、シャイアー買収に伴う負債を削減するため、最大100億ドル規模の資産売却を進めることを明らかにし、さらには旧東京本社ビルと大阪本社ビルも売却しなければならない状況に追い込まれました。
海外に広く大きな成長の機会があることは間違いありません。しかし、積極的な成長推進には相応のリスクと責任が伴うことが、武田薬品工業の事例から伺えると思います。
海外進出は国内製薬会社にとって特効薬となることは間違いない一方で、決して万能薬ではないことを念頭に置いて海外進出を検討すべきでしょう。
武田薬品工業のHR戦略
急速な海外展開を成功させることができた背景には、武田薬品工業の強力で安定した人的資源があったからだと言っても過言ではありません。 ご存知のように、すべてのビジネスの原点は「人」ですから。
ここからは武田薬品工業の特筆すべき人材育成と人材管理の戦略について簡潔に説明していきます。
当社は、世界の患者さんのニーズに応えるために「R&Dエンジンとグローバル営業網の強化」というミッションを掲げていました。 それらを実現するためには非常に優れた研究開発力が何より重要でした。
つまりビジネスの成否は、研究者はもちろん働く社員一人ひとりの努力にかかっていたのです。武田薬品工業は「社員を大切にする」というのは当然で、そこからさらに一歩進み、言葉だけでなく「行動で示すこと」を常に強調しています。
重要なニュースがあれば、外部に発表する前に必ず社員に共有するという小さな取り組みから、会社は社員と深い信頼関係を築いていったのです。
さらに、水平的な組織文化を早くから定着させ、一人ひとりが異なる意見を尊重し、オープンな議論ができる関係を構築しました。 当社は、各部門や現地法人に権限を委譲し、機動性と俊敏性を高め、患者・顧客に貢献するという分散化(Decentralization)コンセプトのアーリーアダプターでもありました。
指示されたことを黙々とこなす従来の人材から、事業戦略や顧客ニーズを理解し、能動的かつ機敏に動ける組織への変化が、激しいグローバル競争の中で生き残るための重要な鍵になるのではないかと担当者は述べています。
最後に、武田薬品工業の4つの人材像についてご紹介します。本日ご紹介した武田薬品工業の成功事例が貴社の貴重なビジネスのヒントになりますことを心からお願い申し上げます。
- 「依存しない1人のリーダーとしての志、ビジョン、覚悟、自信」
- 「リスクを回避せず突破し、現状を変えることができるマインドとスキル」
- 「広く全体を見渡せる視野と洞察力」、
- 「グローバルで多様な環境でのコミュニケーション能力」
参考
https://www.takeda.com/ja-jp/who-we-are/statement/
https://special.nikkeibp.co.jp/atcl/NBO/18/workday0627/?P=2
https://diamond.jp/articles/-/169899?page=5
https://www.mhsip.org/takeda.html

まとめ
日本の製薬業界は人口動態や薬価政策の制約により国内市場だけでは持続的成長が難しく、海外展開や新たな事業モデルへの転換が不可欠となっています。
武田薬品工業の事例は、積極的なM&Aとグローバル人材戦略によって新しい成長機会を掴む一方、財務負担や組織変革といった大きなリスクを伴うことも示しました。
今後、国内製薬会社が生き残るためには、単なる市場拡大ではなく、研究開発力・人材力・経営の俊敏性を一体的に高め、世界市場で存在感を発揮することが重要です。