国境を越えた医薬品の取引は、現代社会の医療体制を支える大きな柱のひとつです。特にパンデミックや高齢化が進むなか、必要な薬剤を安定して輸送できるかどうかは、国民の健康や生命に直結します。
しかし、その背後には関税や各国の輸入規制といった、複雑な貿易ルールが存在しています。
この記事では、医薬品に関わる関税制度を中心に、その貿易的背景と実務上のポイントについて詳しく解説します。
医薬品と関税の基本的な仕組み

医薬品の多くは、人道的な観点から関税免除または低関税での取引が行われています。これは、医薬品が人命や健康に直結する「特殊な商品」として位置づけられているためです。特に開発途上国では、医薬品の関税を撤廃することで国民の医療アクセスを改善しようとする動きが国際的に推奨されています。
しかし、すべての医薬品が無税というわけではなく、対象となる品目や形状、原産国、貿易協定の適用有無などにより、関税が課されることがあります。加えて、関税以外の貿易障壁(非関税障壁)も存在し、通関時の審査や許認可、規格基準の適合といった手続きも重要な要素です。
医薬品に関税がかかる理由とは
医薬品に関税を課す主な理由は、国内産業を保護するためです。特に後発医薬品(ジェネリック)や原薬を自国で生産している国では、外国製品との競争を緩和し、自国企業の技術開発や安定供給を支援する目的で一定の関税を設けています。
また、一部の国では、医薬品を財政収入の一部として位置づけ、輸入関税で国家の歳入を確保する場合もあります。こうした傾向は、医療保険制度が未整備な国や、医薬品需要が急増している国で顕著です。
さらに、関税率は医薬品の形状(バルク品か小売用か)や成分によっても異なります。一般的に、製剤前の原薬には関税が課されやすく、完成品に近いほど免税対象となる傾向があります。
| 関税がかかる背景 | 主な内容 |
|---|---|
| 国内産業の保護 | 自国の製薬企業との競争調整、雇用維持 |
| 財政目的 | 輸入関税を国家の収入源とする政策 |
| 段階的課税 | 原薬や中間製品には関税、完成品は無税 |
無税扱いとなるケース
一方で、多くの国では、医薬品のうち特に公衆衛生上の重要性が高い品目に関しては、関税免除の措置を講じています。その代表例が、世界保健機関(WHO)が策定する「Essential Medicines List(必須医薬品リスト)」です。このリストに掲載された医薬品は、各国で税制上の優遇が与えられやすくなっています。
また、以下のような目的で輸出入される医薬品も、関税が免除または軽減されることがあります。
| 無税対象となる主なケース | 関税措置 |
|---|---|
| 人道支援・災害対応目的の輸送 | 関税・輸入消費税の全面免除 |
| 非営利団体や国際機関による供与 | 国際条約や二国間協定で免税規定あり |
| 政府調達または公的医療機関向け輸入 | 医療機関専用として無税または減免 |
さらに、自由貿易協定(FTA)や経済連携協定(EPA)に基づく優遇措置を利用することで、医薬品が原則的に無税で輸出入されるケースも増えています。例えば、日EU・EPAや日米貿易協定では、医薬品が協定対象品目として明記されており、一定の条件を満たせば関税が完全に免除されます。
ただし、こうした優遇措置を受けるには、原産地証明書の提出や規則適合性の証明といった手続きが必要になります。制度の仕組みを正確に理解し、適切に対応することが、関税コストの最小化と貿易リスクの回避につながります。
関税分類コード(HSコード)の役割
医薬品に関わる関税の決定には、「HSコード(Harmonized System Code)」が重要な役割を果たします。HSコードとは、商品の種類に応じて国際的に共通の番号を割り振る分類制度で、関税率や輸出入管理の根拠となります。
医薬品においては、通常「第30類」に分類されます。
| 医薬品のHSコード例 | 内容(日本語) |
|---|---|
| 3003(例:3003.90) | 混合された医薬品(小売用以外) |
| 3004(例:3004.90) | 混合または未混合の医薬品(小売用) |
| 3002.20 | ワクチン |
| 3002.15 | 免疫学的製品 |
こうした分類に基づいて、適正な関税率が自動的に適用されるため、輸入手続きにおいてはHSコードの正確な理解と申告が不可欠です。
医薬品の関税制度は、人命に関わる特殊性から多くが免税・低関税となっていますが、国内産業保護の観点から課税対象も残っています。制度を正しく理解し、各国の対応や協定を踏まえて輸出入計画を立てることが重要です。
国ごとの医薬品関税制度の違い

世界の国々が医薬品の関税について一律の方針を採っているわけではありません。むしろ、地域や政策目的によって大きなばらつきがあります。
ここでは、主要な地域や国ごとの対応を比較します。
日本の医薬品関税政策
日本では、多くの医薬品について関税は免除されています。特に最終製品に近い形で輸入される医薬品(錠剤や注射剤など)は、HSコードの規定に従って無税扱いとされることが一般的です。ただし、製剤前の原料や、特定の用途に限定された医薬品成分については関税が課されることもあり、注意が必要です。
アメリカ・EUの対応
アメリカとEUでは、原則として医薬品の輸入に関して関税はゼロに設定されています。これは医療コストの抑制と、サプライチェーンの安定化を目的とした政策です。ただし、実際の輸入に際しては、アメリカではFDA(食品医薬品局)、EUではEMA(欧州医薬品庁)による厳格な審査・承認プロセスが必要です。
(2025年10月6日現在)
米国では輸入医薬品への新関税を示唆・上限提示する発表やその後の延期・例外交渉が報じられており、政策は流動的です。最新の公式発表・実施日・対象の確認が必要です。
新興国における関税の傾向
インドやブラジルなどの新興国では、国内の医薬品産業を保護する目的で、輸入医薬品に対して比較的高い関税を設定している場合があります。これにより、国内メーカーの競争力維持と技術開発が促進される一方で、輸入企業にとっては価格競争が不利になるリスクも伴います。
| 国・地域 | 関税の基本方針 | 特記事項 |
|---|---|---|
| 日本 | 多くの品目で関税免除 | 輸入申告の正確さが求められる |
| アメリカ | 原則無税 | FDA登録が必須 |
| インド | 一部で高関税 | 国内産業保護を重視 |
医薬品関税と貿易協定の関係

自由貿易協定(FTA)や経済連携協定(EPA)の存在は、医薬品の関税に大きな影響を与えます。これらの協定を通じて、関税の撤廃や輸入手続きの簡素化が図られており、企業にとってはコスト削減の大きなチャンスとなっています。
主な協定と医薬品の扱い
日本が締結している代表的な貿易協定には、日EU・EPA、日米貿易協定、RCEP(地域的な包括的経済連携)などがあります。これらの協定には、医薬品に関する特別条項が設けられており、無税での取引や優先通関などのメリットが含まれています。
原産地証明と関税特恵
貿易協定の恩恵を受けるには、「原産地証明書」が必須となります。これは、輸出国が協定対象国であること、かつその国で一定の加工や生産が行われたことを証明する書類です。内容に不備があると関税免除を受けられない可能性があるため、輸入業者は十分な注意が必要です。
協定の適用外となるケース
すべての医薬品が協定の対象となるわけではありません。原材料の一部が第三国産である場合や、製造過程が十分に説明されていない場合は、協定の関税特恵が適用されないことがあります。書類の整備と製造履歴のトレーサビリティが重要です。
医薬品を含む輸出入において、アメリカ市場は最も重要な取引先の一つです。アメリカの関税制度や主要品目ごとの関税率について詳しく知りたい方は、以下の記事もぜひ参考にしてください。

医薬品輸入の実務と関税対策

実際に医薬品を輸入する際には、関税だけでなく、法的規制や申告制度の正確な理解が不可欠です。ここでは、実務的な観点から、関税とその対策について解説します。
通関時の注意点
医薬品を輸入する際には、税関だけでなく、厚生労働省の審査や許可が必要となります。医薬品製造販売承認を持たない企業が輸入を行う場合、販売が認められない可能性があるため、事前確認が重要です。また、HSコードの分類ミスがあれば、追徴課税や通関遅延のリスクもあります。
関税評価と価格設定
関税額の算定基礎は国により異なります。日本やEUではCIF(本船到着価額)を基礎とする運用が一般的なのに対し、米国では取引価格から国際運賃・保険料を除外するのが原則です。実務では各輸入先の評価ルールを必ず確認してください。
関税負担を軽減する方法
医薬品を輸入する際、関税の負担は無視できないコスト要因のひとつです。しかし、制度を正しく理解し、事前に対策を講じることで、大幅に軽減できる可能性があります。以下は、実務で活用できる代表的な方法です。
- 貿易協定(FTA/EPA)の活用
協定を結んでいる国から輸入する場合、原産地証明を提出すれば関税がゼロになるケースがあります。 - HSコードの事前確認(事前教示制度)
あいまいな品目は事前に税関へ確認申請を行い、正式な分類を確定させることでリスク回避につながります。 - 関税免除の制度を活用
災害支援や公的機関向けの輸入など、特定条件を満たす場合に免税措置が適用されます。該当するかどうかの確認が必要です。 - 免税対象品目の選定
WHOの必須医薬品リストに掲載されている医薬品などは、免税対象となる可能性が高いため、該当の有無を確認しましょう。
こうした手続きを進める際は、関係する機関との連携や、書類の正確な準備が重要です。以下の表に、輸入時にかかわる主な実務項目と担当機関、注意点をまとめました。
| 実務項目 | 関連機関 | ポイント |
|---|---|---|
| 輸入許可 | 厚生労働省、税関 | 「医薬品製造販売承認」を取得していなければ、国内での販売は不可 |
| 原産地証明の取得 | 商工会議所、輸出国の発行機関 | FTAなどの関税優遇措置を受けるには、正確な原産地証明が必須 |
| 通関申告 | 通関業者、税関 | HSコードの誤りは課税ミスや遅延につながるため、事前確認が望ましい |
このように、関税の軽減には制度の知識だけでなく、事前の情報収集と準備が不可欠です。不安がある場合は、通関業者や貿易コンサルタントに相談することで、手続きの負担を減らしながらリスクを最小限に抑えることができます。
関税優遇措置を受けるには、「原産地証明書」の取得と適切な運用が欠かせません。証明書の種類や取得方法、実務上の注意点について知っておきたい方は、以下の記事をご覧ください。

まとめ
医薬品は国際貿易において不可欠な商品であり、その流通には各国の関税制度が大きく関わっています。多くの場合、無税もしくは低関税での取引が可能ですが、その前提としては、正確な分類、原産地の証明、関係機関との調整といった実務対応が求められます。
また、自由貿易協定の活用により、関税を完全に免除できる可能性もあります。取引の際には、対象協定の内容と要件を十分に確認し、適切な手続きを踏むことが重要です。
医薬品輸入に関する制度や税率は常に変化しており、最新情報を踏まえた判断が必要となります。制度改正のたびに柔軟に対応するためにも、専門家に一度相談してみることをおすすめします。




