
目次
世界経済のなかで中国は依然として巨大な市場であり、製造・輸出・輸入のいずれにおいても極めて重要な位置を占めています。とくに近年は、米中貿易摩擦の長期化、RCEPの発効、カーボン関連政策の進展など、国際情勢が中国の関税政策に大きな影響を与えてきました。
この記事では、中国の関税制度の基本から、2025年時点での最新動向、主要国への対応状況、そして貿易実務への影響までを詳しく解説します。輸出入ビジネスに関わる方が最新の状況を把握し、今後の対応を考えるうえでの参考となる内容を目指します。
中国の関税制度の基本構造
中国の関税制度は、WTO加盟以降に透明化と簡素化が進められ、最恵国税率、協定税率、普通税率、特別関税の4つを基本構造としています。近年は米中貿易摩擦の激化やRCEP発効、カーボン政策の影響で関税制度も変化を続けています。
2025年には米国の相互関税・IEEPA措置により中国製品への関税が最大145%に達し、中国も報復関税で対応しています。関税だけでなく、技術規格や数量制限などの非関税障壁も強化され、企業の通関実務やサプライチェーンに大きな影響を与えています。
関税の種類 | 適用対象 | 特徴・備考 |
---|---|---|
最恵国税率(MFN) | WTO加盟国からの輸入品に対して
適用される標準関税率 |
ほとんどの貿易でこの税率が用いられる。2023年の平均加重MFN税率は約3.0%。 |
協定税率 | FTA(自由貿易協定)などを
締結している国との貿易 |
協定に基づいてMFN税率よりも低い税率が適用される。例:中国-ASEAN FTA。 |
普通税率 | 非WTO加盟国や関税協定のない
国からの輸入品に適用 |
MFN税率よりも高く設定されており、実質的な保護的関税の役割を持つ。 |
特別関税 | 特定状況下で課される追加関税
(以下に分類) |
報復的・一時的措置として用いられる。 |
特別関税の主な種類:
特別関税の種類 | 内容 |
---|---|
反ダンピング関税 | 不当廉売と判断された場合に課される追加関税。
中国は鉄鋼製品などで頻繁に適用。 |
相殺関税 | 輸出補助金の影響を相殺するために課す関税。 |
報復関税 | 他国の関税措置に対抗して課す。
米中貿易戦争で多用された。 |
セーフガード関税 | 急激な輸入増加による国内産業への打撃を防ぐために
一時的に課される関税。 |
また、中国の関税評価は、CIF価格(商品価格+運賃+保険料)を基準としています。輸入通関時には、商品ごとに分類されたHSコードに基づいて関税率が決定されます。
中国関税の最新動向
2025年初頭から4月中旬にかけて、中国を取り巻く関税環境は、特に米中間の貿易摩擦の急激なエスカレーションにより、極めて不安定な状況となりました。米国は、国際緊急経済権限法(IEEPA)、相互関税、通商法301条など複数の権限に基づき、中国からの輸入品に対して段階的かつ累積的な追加関税を課し、その税率は多くの品目で実質145%に達しまます。これに対し、中国も米国からの輸入品に対して最大125%の報復関税を発動し、両国間の関税障壁は前例のない水準に引き上げられました。
項目 | 内容 |
---|---|
米国の主な
対中関税措置 |
IEEPA・相互関税・通商法301条に基づき、最大145%の追加関税を段階的に適用 |
中国の報復関税 | 米国製品に対し最大125%の関税を発動、対象はエネルギー・農産品など広範囲 |
「245%関税」
報道の真相 |
既存関税と新たな関税の合計値。実際の新規追加分は145%止まり |
米国の他国対応 | 中国以外には相互関税を一時停止、中国の経済的孤立化を狙う戦略 |
貿易ルートの変化 | ASEANなどへの生産移管や迂回貿易(第三国経由の輸出)が加速 |
影響が大きい産業 | 電子機器、EV、アパレル、農産品などでコスト増・市場制限・供給網寸断 |
経済全体への影響 | 双方のGDP成長率にマイナス影響。WTOは世界貿易縮小を警告 |
今後の注目点 | 米国の相互関税措置の継続可否、米中交渉再開の可能性、各国の対応策 |
上記のテーブルにもあるように米国は中国以外の国・地域に対しては、相互関税の上乗せ分の適用を一時停止する措置を講じ、中国を経済的に孤立させようとする動きを見せました 。このような状況下で、アジア地域内では地域的な包括的経済連携(RCEP)などを通じた経済統合が深化しており、中国は西側諸国との摩擦と並行して、アジア域内での貿易関係強化を図る二元的な戦略を進めています。
一部の報道では、「中国製品に対して最大245%の関税が課されている」とされていますが、これは誤解を招く表現です。実際に2025年4月時点で、トランプ政権が新たに課した関税は最大で145%です。
この「245%」という数字は、過去にバイデン政権および第1次トランプ政権時代に導入された既存の関税に、今回新たに課された145%の関税を加算した結果として導き出された合計値を指しています。つまり、新たな追加関税が245%に達したという意味ではなく、過去の関税との合計が一部製品でその水準に達しているということです。
両国の関税措置は、国際貿易の流れに大きな変化をもたらしています。米中間の直接貿易は抑制される一方、サプライチェーンの再編が加速し、特に東南アジア諸国連合(ASEAN)地域への生産移管や、中国製品が第三国を経由して米国市場に流入する「迂回貿易」の動きが顕著になっています 。
特定の産業、特に電子機器、電気自動車(EV)、アパレル、農産品などは、関税引き上げによるコスト増、市場アクセス制限、サプライチェーン寸断といった深刻な影響を受けています 。経済全体としても、関税措置は中国や米国のGDP成長率を押し下げる要因となり 、世界貿易機関(WTO)は世界貿易の縮小を警告しています 。
今後の見通しは依然として不透明ですあり、米国の相互関税一時停止措置の行方、米中間の交渉再開の可能性、そして各国が米中対立の中でどのような貿易政策を選択するかが注目されます。企業や政策立案者は、この不確実性の高い環境下で、サプライチェーンの強靭化、市場の多様化、そして刻々と変化する政策動向への機敏な対応を迫られています。
米中関税動向の背景と含意
2025年初頭に見られた米国の関税戦略は、IEEPA、相互関税、301条関税という複数の手段を同時かつ急速に展開する、極めて攻撃的なものです。これは、最大限の圧力を短期間でかけることを意図しており、過去の段階的な301条関税の発動とは異なる様相を呈し、企業にとっては予測困難な状況を生み出しました。
IEEPA(国家安全保障や緊急事態)と301条(不公正貿易)、相互関税(貿易赤字)という異なる根拠を用いることで、利用可能なあらゆる手段を動員し、最大限の効果を狙ったと考えられます。
これに対する中国の報復は、税率の面では米国に歩調を合わせる「目には目を」の姿勢を維持しました。しかし、米中間の貿易不均衡(中国から米国への輸出額が、米国から中国への輸出額を上回る)を考慮すると、中国が課す125%の関税が対象とする貿易額は、米国が課す145%の関税が対象とする貿易額よりも小さい可能性があります。
このため、中国の報復は強力なシグナルを発しつつも、自国経済への影響を考慮した計算された対応であった可能性が指摘でききます。同時に、中国政府は交渉による解決の必要性も繰り返し表明しており、関税の応酬によるコストを認識し、対話の余地を探っている姿勢もうかがえます。
さらに、米国が相互関税の上乗せ分適用を中国以外の国々に対して一時停止したことは 、中国を経済的に孤立させ、他国に米国との協調を促す狙いがあったと見られます。報復しない国には猶予を与え、報復した中国には更なる関税を課すという「アメとムチ」のアプローチは、対米関税に対する国際的な共同戦線の形成を阻止し、各国に中国からの供給網多様化を促すインセンティブを与えることを意図したものだと伺えます。
3種類の関税一覧
一覧:中国の対米報復関税(2025年4月時点)
関税の種類 | 主な税率(追加分) | 発効日(主なもの) | 対象範囲・品目例 |
---|---|---|---|
初期標的型
報復関税 |
10% または
15% |
2025年
2月10日 |
石炭、LNG、原油、農業機械、
大型車両、ピックアップトラックなど |
初期標的型
報復関税 |
10% または
15% |
2025年
3月10日 |
鶏肉、小麦、トウモロコシ、綿花、
大豆、ソルガム、豚肉、牛肉、水産物、 果物、野菜、乳製品など |
包括的報復関税 | 34% | 2025年
4月10日 |
ほぼ全ての米国からの輸入品 |
包括的報復関税
(引き上げ) |
84% (計) | 2025年
4月10日 |
ほぼ全ての米国からの輸入品 |
包括的報復関税
(最終引き上げ) |
125% (計) | 2025年
4月12日 |
ほぼ全ての米国からの輸入品 |
累積最高関税率 | 最大140% | 2025年
4月12日時点 |
石炭、LNG、鶏肉、小麦など |
累積最高関税率 | 最大135% | 2025年
4月12日時点 |
原油、農業機械、
大豆、豚肉など |
一覧:米国の対中追加関税(2025年4月時点)
関税の種類 | 主な税率(追加分) | 発効日(主なもの) | 対象範囲・品目例 |
IEEPA
関税 |
20% | 2025年
3月4日 |
中国からの輸入品全般
(フェンタニル・国境安全保障関連) |
相互関税 | 125% | 2025年
4月9日以降 |
中国からの輸入品全般
(ただし他国への上乗せ分は90日間停止) |
通商法301
条関税 |
7.5%~100% | 2018年~
(一部改定) |
EV(100%)、半導体(50%)、鉄鋼・アルミ(25%)、
バッテリー(25%)、太陽電池(50%)、 医療品(25-50%)など広範な品目 |
累積実効
税率 |
約145%以上 | – | 上記関税の組み合わせにより、
多くの中国製品に適用される可能性 |
一覧:中国の国別関税対応
主要な貿易相手国に対する関税対応は、以下のとおりです。
国名・
地域名 |
適用関税率の
タイプ |
主な関税品目・
政策対応 |
---|---|---|
アメリカ | 報復関税
(最大140%) |
農産品、エネルギー、
工業製品など |
日本 | 最恵国税率+RCEP | 自動車部品、化学品などで
関税削減 |
EU | 最恵国税率 | 機械類、医療機器などが対象 |
韓国 | 協定税率
(FTA) |
化学製品、繊維製品などで
関税撤廃 |
オーストラリア | 協定税率
(ChAFTA) |
鉄鉱石、ワインなどで関税免除 |
このように、中国は自由貿易協定を活用しつつ、戦略的な分野では報復的な関税措置も講じているのが現状です。
中国経済への影響
米中を中心とする関税の引き上げ合戦は、中国経済はもとより、世界の貿易パターン、サプライチェーン、特定の産業、そして世界経済全体に多大な影響を与えています。
GDPへの影響
米国による累積145%の追加関税は、中国の実質GDPを約2.8%~2.9%押し下げると試算されています。興味深いことに、ある分析では、追加関税率が104%から145%に引き上げられても、GDPへの悪影響はわずかにしか増加しません(-2.84%から-2.91%へ)。
これは、関税率が非常に高い水準に達すると、価格上昇にもかかわらず米国企業が輸入を続けざるを得ない代替困難な製品が一定量存在するため、関税によるGDP押し下げ効果には上限がある可能性を示唆しています。
輸出への影響
高関税は中国の対米輸出に大きな下押し圧力をかけています。一部には、関税導入前の駆け込み輸出による一時的な輸出増が見られた可能性もありますが、長期的には輸出減少が避けられないでしょう。
特に、衣類、履物、玩具といった労働集約的な製品分野では、60%という高関税が課された場合に輸出が大幅に減少すると予測されています。その一方で、中国は米国以外の市場、特にRCEPや一帯一路沿線国への輸出を強化することで影響を相殺しようとしています。
国内経済への影響
輸出の鈍化は、国内の生産活動や投資にも影響を及ぼします。中国政府は設備投資や消費財の買い替え促進策などを通じて内需拡大を図っていますが、不動産市場の不況など国内経済の課題も抱えており、関税問題はこれらの課題をさらに複雑化させるかもしれません。
また、サプライチェーンにおける中国依存のリスクが顕在化したことで、韓国企業など一部の外資企業が中国国内での事業戦略を見直す動きも見られます。
貿易動向とサプライチェーン
米中間の直接的な貿易が関税によって阻害される一方で、貿易の流れが迂回する現象が見られます。米国への輸入品目に占める中国のシェアが低下し、代わりにASEAN諸国のシェアが上昇しています。
サプライチェーンのシフト
関税問題を契機に、企業は生産拠点を中国から他国へ移管・分散させる「チャイナ・プラスワン」戦略を加速させています。移転先としては、地理的に近く、人件費も比較的安価なASEAN諸国、特にベトナムやタイが注目されています。
チャイナ・スルーワンの複雑性
しかしながら、このサプライチェーンシフトは単純な「脱中国」ではありません。中国企業自身もASEAN地域への直接投資を急増させており、中国で生産された部品や中間財をASEAN諸国で最終製品に組み立て、ASEAN産として米国に輸出することで高関税を回避しようとする動き(「チャイナ・スルーワン」または「迂回輸出」)が広がっていると指摘されています。
米国はこの動きを認識しており、ASEAN諸国に対する関税賦課も、こうした迂回貿易への牽制という側面を持っている可能性があります。
特定産業への影響
関税が特定の産業に与える影響は、その産業の構造、サプライチェーンにおける中国への依存度、そして製品の特性によって大きく左右されます。例えば、高度な技術を要する製品を扱う産業では、代替となる供給源を見つけることが難しく、関税によるコスト増を吸収せざるを得ない場合があります。
一方、労働集約型の産業では、比較的容易に生産拠点を中国以外の国に移転できるため、関税の影響を緩和しやすいと考えられます。さらに、最終製品に近い段階の産業と、部品や素材といった中間財を扱う産業とでは、関税の影響の波及の仕方も異なるでしょう。
このように、一律に「関税の影響」と捉えるのではなく、各産業の特性を詳細に分析することが、より深い理解につながります。
電子機器
スマートフォンやPCなど、最終製品の組み立てを中国に大きく依存しています。関税によるコスト増は、最終的に米国などの消費者の負担増につながる可能性があります。
一部の電子機器は当初、最高税率の適用を免れたとの情報もありますが、依然として不透明感は強く、メーカーは関税率の低い国への生産移管を検討する圧力にさらされています。
EV・バッテリー
米国による100%のEV関税や25-50%のバッテリー関連関税、EUによる調査など、国家戦略的な観点から厳しい措置の対象となっています。
これは、EVサプライチェーンにおける中国の優位性を抑制しようとする明確な意図の表れであり、関連企業の市場アクセスや投資計画に大きな影響を与えています。
アパレル・繊維
米国市場は、低コストの中国製品への依存度が高いです。関税引き上げは、特に利益率の低いアパレル輸入業者や小売業者にとって大きな負担となります。
代替調達先の確保は容易ではなく、コスト上昇分の価格転嫁も難しい場合があります。ポリエステル短繊維(PSF)のような素材レベルでも、関税によって中国製品の価格競争力が低下し、韓国製品などがシェアを伸ばすといった変化が見られます。
農産品
中国による対米報復関税(最大125%)は、大豆、トウモロコシ、小麦、豚肉、牛肉といった米国の主要な対中輸出品目に深刻な打撃を与えています。米国の農業生産者や輸出業者は、重要な輸出市場での競争力を失い、代替市場の開拓を余儀なくされています。
医療製品
フェイスマスク、注射器、医療用手袋などに対する米国の追加関税や、医薬品有効成分(API)など中国からの輸入に依存する化学・製薬産業への影響も懸念されます。代替調達が困難な場合、米国内での生産や医療供給体制に支障が出るかもしれません。
経済的影響と考察
米中間の関税戦争は、両国経済のみならず、世界経済全体に負の影響を与えています。米国のGDP成長率を押し下げ、インフレ圧力となる可能性も指摘されています。関税は輸入品の価格を引き上げ、消費者の選択肢を狭めることにもつながります。WTOは、こうした保護主義的な動きが世界貿易全体の成長を著しく鈍化させ、場合によっては縮小させるリスクがあると警告しています。
経済モデルによる分析が示すように、100%を超えるような極めて高い関税率が課されても、GDPへのマイナス影響がある程度の水準で頭打ちになる可能性は、特定の貿易関係における代替不可能性や強固な結びつきを示唆しています。
これは、サプライチェーンが高度に統合されている場合や、他から調達できない重要な部品・素材が存在する場合に起こりえます。関税は強力な手段ですが、それだけでは経済的な結びつきを完全に断ち切ることは難しい側面があると言えるでしょう。
また、関税戦争がサプライチェーンの中国からの移転を加速させていることは事実ですが、その実態は単純な「脱中国」ではなく、中国企業自身がASEANなどに投資を拡大し、中国からの部品を使って最終組み立てを行うといった、より複雑な再編である場合が多いです。
この「チャイナ・スルーワン」と呼ばれる現象は、関税の意図を部分的に回避するものであり、米国などがさらなる対抗措置(ASEAN諸国への関税など)を講じる一因となっています。これは、グローバル・サプライチェーンの完全なデカップリング(切り離し)がいかに困難であるかを示唆していると考えられます。
まとめ
2025年現在、中国の関税制度は国際的な通商圧力と戦略的要請の中で大きく変化しています。WTOルールに基づく基本構造を維持しながらも、米中間の報復関税応酬、RCEPによる協定税率の拡大、カーボン課税や輸出規制といった新たな政策要素が重層的に加わり、制度は複雑さを増しています。
また、関税だけでなく、HS分類や輸入検査、書類要件、非関税障壁への対応も企業実務に大きな影響を及ぼしており、これらを正確に把握・対応するには、常に最新情報をもとにした判断が欠かせません。
中国との貿易を取り巻く環境は、政策変更のスピードと影響範囲が極めて広く、企業にとっては「制度を知る」だけでなく、「適応する力」が問われる時代です。サプライチェーンの再構築やコスト試算、市場戦略の再評価も含めた総合的な視点が求められています。
不安がある場合は貿易専門のコンサルタントや通関士などの専門家に相談することを強くおすすめします。正確な情報と的確なアドバイスをもとに、複雑化する国際環境の中でより柔軟かつ強靭なビジネス戦略を構築していきましょう。
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