ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が始まって以来、国際社会では戦争の終結に向けた和平案が繰り返し模索されてきました。各国が提示する案は、その背景にある安全保障上の戦略や経済的利害、そして国際秩序に対する価値観の違いを色濃く反映しており、単純な妥協によって合意に至る状況にはありません。
本記事では、ウクライナ和平案の提案の具体的構成、各国の立場の違い、そして交渉が進展しない根本的な理由を整理します。また、今後和平が成立するとすればどのような形が現実的なのかというシナリオについても検討します。
初めに、和平案の全体像を一望できるように立場ごとの対立構造を明示し、その後に詳細な分析を段階的に提示します。
ウクライナ和平案の内容とは何か|各国は何を求めているのか

ウクライナ戦争を終わらせるために、各国が独自に提示しているのが「和平案」です。
ただし、提案の中身は一様ではなく、立場によって重視する項目も目的も大きく異なります。
まずは、全体の構図を簡潔に把握するために、主要なプレイヤーが何を優先し、なぜ合意が難しいのかを整理しましょう。
各国の立場と対立構造(概要)
| 立場 | 優先される主張 | 合意が困難な理由 |
|---|---|---|
| ウクライナ | 領土の回復、安全保障の保証 | 領土の一部も譲歩できないという立場 |
| ロシア | NATO拡大の抑止、制裁の解除 | 占領地域の返還に応じる意思がない |
| 中国・グローバルサウス | 即時停戦、対話の継続 | 加害と被害の明確化を避ける姿勢 |
| 欧米諸国 | 国際秩序の維持と法の支配 | 妥協は国内政治への反発を招く恐れ |
このように、各国が見ている「終戦のゴール」が根本から食い違っており、交渉の出発点すら共有できていないことが、和平の実現を非常に困難にしています。
以下では、代表的な和平案を国ごとに見ていきましょう。
ウクライナ政府による「10項目の和平案」
ウクライナが公式に国際社会に提示しているのが、ゼレンスキー大統領による「10項目の和平案」です。これは、戦争の停止だけでなく、戦後の秩序回復や正義の実現までを含む包括的な枠組みとなっています。
| 主な要点 | 内容 |
|---|---|
| 領土回復 | クリミアやドンバスを含む全領土の奪還 |
| ロシア軍の撤退 | 国際的に認められた国境線までの撤収 |
| エネルギー・食料安全 | インフラ保護、輸出ルートの安定化 |
| 戦争犯罪の責任追及 | 国際司法機関による加害責任の追及 |
| 戦後の安全保障 | 再侵攻を防ぐための実効的な安全保障の保証(NATO加盟を含む枠組みについては各国間で議論が続いている) |
この案は、ロシア側に対して極めて厳しい条件を突きつけているため、妥協の余地は小さく、交渉の入口としては受け入れられにくい構成でもあります。
つまり、ウクライナの案は「譲歩なき正義の回復」を掲げており、政治的妥協ではなく戦略的勝利を前提にしている構成です。
中国が提案した「12項目の和平原則」
中国は2023年2月に「ウクライナ危機の政治的解決に向けた立場」として12項目の文書を公開しました。主に即時停戦や対話の再開を呼びかける内容であり、加害・被害の評価については明確に踏み込んでいません。
主な特徴は以下の通りです。
- 全当事者に即時の敵対行為停止を要求
- 各国の主権を尊重としながらも、安全保障の「相互性」を強調
- 経済制裁の回避を求め、経済的安定を重視
- 戦争犯罪や領土問題についての明言は回避
中国はロシアとの関係を維持しつつ、第三国としての立場を保とうとしていますが、提案自体に拘束力はなく、他国からの信頼も限定的です。
つまり、中国の案は「まず戦争を止めたいが、どちらが正しいかは判断しない」という非対立的立場を維持する提案です。
グローバルサウス諸国の中立的調停姿勢
ブラジルやアフリカ諸国など、いわゆるグローバルサウス諸国も独自の視点から和平調停の動きを見せています。これらの国々は、自身が冷戦構造のどちらにも属さない立場から、より中立的な対話の仲介役を担おうとしています。
主な特徴としては、
- 「即時停戦」と「対話の継続」に焦点を当てている
- エネルギー・食料危機への影響を懸念している
- 加害者・被害者の明確化を避け、現実的解決を優先
ただし、政治的影響力や調停実績の面で限界があるため、国際交渉において主導権を握るには至っていません。
つまり、グローバルサウス諸国は「誰が悪いか」よりも「どう止めるか」に重きを置き、被害拡大の抑止を最優先しています。
このセクションでは、ウクライナ和平案の内容を国ごとに整理し、それぞれの立場がどのように異なるのかを確認しました。
次のセクションでは、これらの和平案をめぐって現在進行中の国際的な交渉の状況と、各国の反応を詳しく見ていきます。
国際社会が注目するウクライナ和平案の交渉の内容と進展状況

各国が提示するウクライナ和平案が国際的に議論される中、実際に交渉はどのように進んでいるのでしょうか。
このセクションでは、主に米欧、ロシア、中立国・国際機関の3つの軸から、現在の和平交渉の状況を整理します。
ここでは、「どこで・誰が・何をめぐって」交渉が行われているのかを把握し、なぜ合意形成が進みにくいのかを立体的に理解します。
米欧とウクライナの協議:戦後を見据えた交渉が進行中
アメリカとEU諸国は、ウクライナへの支援を継続する一方で、戦争終結後の安全保障や復興支援の枠組みに関する協議を水面下で進めています。特に2025年12月には、米国特使とウクライナ、欧州代表団の間で、戦争終結後を見据えた調整や枠組み設計に関する実務協議が行われました。
この協議では、以下のようなテーマが中心です。
| テーマ | 協議内容の概要 |
|---|---|
| 停戦後の安全保障 | ウクライナに対するNATO加盟に代わる保証メカニズムの構築 |
| 復興支援体制 | 戦後経済の安定化とインフラ再建の資金協調 |
| 軍事的緩衝地帯の設定 | 双方の軍事的接触を避けるための緩衝エリアの設計 |
ただし、これらの協議にはロシアが関与しておらず、現時点では「和平交渉」そのものではなく、戦争終結後を見据えた準備段階に過ぎません。
つまり、米欧とウクライナの間では、和平の実現というよりも「戦後秩序の設計」が先行しているという状況です。
ロシアの反応:和平案には否定的姿勢を維持
ロシア政府は、欧米主導で進められている和平案や協議の枠組みに対して、明確に否定的な立場を取り続けています。ロシア政府は、欧米主導で進められている和平案や協議の枠組みに対して、自国の安全保障上の利益を損なうとして否定的な姿勢を繰り返し示しています。
ロシアが交渉に応じる条件として強調しているのは、以下のような要素です。
- ウクライナのNATO加盟断念
- 現在支配している地域の地位を認めること
- 対ロ経済制裁の段階的解除
これらの条件は、ウクライナおよび欧米諸国の基本方針と明確に衝突しており、和平交渉に入るための共通の土台すら存在していないのが実情です。
ロシアは「交渉には条件が必要だ」という立場を維持しており、それが和平プロセスの出発点を塞いでいます。
ロシアへの経済制裁は、停戦交渉の“カード”として扱われる場面も多く、和平案の論点とセットで捉えると全体像がつかみやすくなります。ロシアへの経済制裁については、以下の記事をご覧ください。

国連と中立国の調停努力:形式的支援にとどまる現状
和平交渉の仲介役として期待されているのが、国連や中立国による調整努力です。スイス、トルコ、インドなどは当事国双方と外交関係を維持しており、「対話の場を整える」という点では一定の役割を果たしています。
しかしながら、現実には以下のような制約があります。
- 国連安全保障理事会ではロシアの拒否権により実効的な決議が困難
- 中立国は軍事・経済面での圧力手段を持たず、合意を引き出す力に限界がある
- 非公開の接触はあるものの、公的な交渉枠組みには発展していない
つまり、国際機関や中立国は和平に貢献したい意向を持ちながらも、現在のところその努力は実質的な交渉には結びついていないのが現状です。
このセクションでは、各国の交渉の進捗状況とスタンスを俯瞰しました。和平案そのものが対立構造を内包している中、次のセクションでは、その内容に潜む根本的な課題や批判的論点について掘り下げていきます。
ウクライナ和平案は「ウクライナの主権回復」「ロシアの安全保障要求」「中立国の即時停戦重視」など、各国の優先事項が根本的に異なるため、統一的な合意形成が難航しています。特に、戦争の終結を目指す動きと、戦後秩序の再構築を見据えた外交的駆け引きが交錯しており、和平の実現には多層的な調整が必要とされています。
ウクライナ和平案の内容に潜む課題と批判的論点

ここまで見てきたように、各国が提案する和平案はそれぞれの立場を反映していますが、どの案にも共通して存在するのが、実現に至るうえでの深刻な構造的課題です。
このセクションでは、交渉が前に進まない要因となっている主要な論点と、それに対する批判的視点を整理します。
領土問題の扱いが最も大きな障壁
和平案における最大の争点は、クリミアやドンバス東部など、現在ロシアが実効支配している地域の取り扱いです。ウクライナは、国際的に認められた領土の完全回復を主張しており、一部の譲歩も受け入れられないとしています。一方ロシアは、それらの地域を国家領土とみなしており、返還には一切応じない姿勢です。
この領土問題は、単なる国境線の話ではなく、戦後秩序や主権概念の根幹に関わる問題であるため、妥協が極めて難しいという特徴があります。また、どちらかが一方的に譲歩すれば、国内の政権基盤が大きく揺らぐリスクもあるため、政治的現実としても極めて扱いが難しいテーマです。
交渉が前に進まない理由のひとつは、「停戦の前提として、この領土問題をどう扱うか」について、いまだ共通の認識が持てていないことにあります。
安全保障保証の不透明さと現実性への疑問
多くの和平案には、「戦後のウクライナに対する安全保障の保証」が含まれています。これは簡単に言えば、「今後ロシアに再び攻撃された際、本当にウクライナを守れる体制があるのか」という問いに対する答えです。
ウクライナ側は、NATO加盟か、それに代わる実質的な安全保障を求めています。しかしこれに対してロシアは強く反発しており、和平の条件として「NATO非加盟」を事実上の要求として掲げています。
一方、西側諸国の間でも、軍事的な直接介入を含む保障に本当に踏み込めるかどうかについては慎重な空気があり、保証の実効性が曖昧なまま議論が先送りされているのが実態です。
安全保障は和平成立後の安定性を左右する重要な要素ですが、ここでも「保証内容の不確実性」が、当事国の信頼構築を妨げる要因になっています。
戦争犯罪や責任追及との両立が交渉を難化させている
ウクライナおよび欧米諸国は、ロシアによる戦争犯罪や民間人への攻撃などについて、国際司法の場での責任追及を継続しています。すでに国際刑事裁判所(ICC)は、ロシアのプーチン大統領らに対して逮捕状を出すなど、一定の法的措置も進んでいます。
しかしこの「正義の追及」が進めば進むほど、ロシア政府にとっては交渉のインセンティブが失われていくという矛盾があります。交渉のテーブルに着くこと自体が、戦争責任を認めたと受け止められかねず、プーチン政権にとっては極めて政治的にリスクの高い行動となります。
和平と正義は本来、同時に追求されるべきものですが、現実の交渉の場では両立が難しいという構造的ジレンマが存在しています。
以上のように、和平案の中身には一見前向きな提案が並んでいるように見えても、実際にはそれぞれに妥協が極めて困難な根本的課題が含まれています。
これらの論点を解消しなければ、いかなる提案も現実的な合意形成にはつながりません。
次のセクションでは、それらの障壁を乗り越えるために、今後どのような和平実現のシナリオがあり得るのかについて考察します。
和平案をめぐる対立は、国際政治だけでなく企業の戦略やリスク管理にも影響します。地政学リスクとは何かを詳しく理解したい方は、ぜひ以下の記事をご覧ください。

ウクライナ和平案の内容から見る今後の和平実現シナリオ

和平案が提示されているとはいえ、現時点ではどの国の提案も合意に至る見通しは立っていません。しかし、戦争がいつか終わることを前提にすれば、和平の実現には何らかのプロセスと枠組みが必要となります。
このセクションでは、現実的に想定される和平の成立パターンと、その前提条件を整理します。
段階的な停戦と多国間合意による漸進的プロセス
最も現実的とされるのが、いきなりの包括的和平ではなく、段階的な停戦と複数国による共同管理を経て、徐々に恒久的な和平に移行する方式です。
このアプローチでは、以下のようなステップを踏む形が想定されます。
| 段階 | 内容の概要 |
|---|---|
| 第1段階 | 双方が即時停戦に合意し、軍事衝突を停止 |
| 第2段階 | 停戦ラインの確定、国際監視団の配置など緊張管理体制を整備 |
| 第3段階 | 戦後の安全保障、インフラ復興、人道支援の枠組み構築 |
| 第4段階 | 領土問題や戦争責任に関する最終合意・条約の締結 |
この「段階的和平」は、双方の国内政治にも配慮しやすく、また即時の全面妥協が不要である点から、現実的な道筋として注目されています。
ただし、各段階で交渉が頓挫すれば和平は逆戻りするため、外交的信頼と国際的監視体制の維持が不可欠です。
中立国や第三国による仲介・安全保障の鍵
直接交渉が難しい現在の状況では、中立的立場にある第三国がどのように仲介を進めるかが和平の成否を左右する重要な要素となります。
トルコ、スイス、インドなどは、過去にも非公式ルートで調整を試みており、今後も中立的フォーラムの主催や安全保障枠組みへの関与が期待されています。
中立国の仲介が成功するには、以下の条件が求められます。
- 当事者双方からの信頼(偏りがないこと)
- 合意履行を監視できる国際的支援の土台
- 武力ではなく外交的圧力を持つ協調体制
一部では、国際的な安全保障枠組みとして「NATO非加盟国による保証体制」の構築や、多国籍監視団の長期駐留といった案も検討されており、第三国の存在感は今後さらに増すと考えられます。
戦後の復興と責任処理が和平定着のカギを握る
仮に停戦や和平が成立したとしても、それで紛争が終わるわけではありません。戦後のウクライナに対してどのような経済支援・政治支援がなされるかが、和平の持続可能性を左右します。
国際通貨基金(IMF)や世界銀行、欧州連合(EU)などが中心となり、以下のような多国間支援体制が必要とされます。
- 破壊されたインフラの再建(道路、発電所、病院など)
- 難民・避難民の帰還支援と社会統合
- 戦争犯罪の処理と和解に向けた法制度の整備
また、戦争責任に関しては、加害者処罰を重視しすぎれば和平が遠のき、曖昧にすれば被害国の正義が失われるという難しさがあります。このバランスをどうとるかが、戦後外交の最大の課題のひとつです。
このように、ウクライナ和平案の内容から読み取れる現実的な和平シナリオは、「段階的停戦 → 安全保障構築 → 戦後支援と責任処理」という、時間をかけた漸進的なプロセスに限られます。
その中で国際社会がどれだけ持続的に関与し、信頼をつなぎとめられるかが、真の和平実現の鍵を握っています。
まとめ
ウクライナ和平案の内容は、一見すると「停戦をどう実現するか」に集約されているように見えますが、実際には領土の扱い、安全保障の保証、戦争犯罪の責任追及など、多層的かつ複雑な要素が絡み合っています。さらに、提案を行う各国の立場や戦略的関心も異なっており、単一の合意で問題が解決する段階には至っていません。
現時点では、ウクライナ、ロシア、欧米、中立国のそれぞれが異なる優先順位と譲れない条件を持っており、和平に向けた交渉の前提すら整わない状況が続いています。そのため、和平の実現には一足飛びの合意ではなく、段階的な調整と信頼の再構築が不可欠です。
また、戦後を見据えた復興支援や安全保障の枠組みづくり、さらには国際社会による責任ある関与が求められており、和平案の議論は単なる「戦争を終わらせる」ためのものではなく、「次の平和をどう築くか」を問う試みでもあります。
こうした複雑な状況を理解するためには、各国の立場や提案の背景にある戦略を丁寧に読み解くことが重要です。そして、もし今後さらに深くこの問題に関心を持たれるのであれば、専門家に一度相談してみることをおすすめします。




