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ロシア市場への参入や取引を検討する企業にとって、関税制度の理解は欠かせません。特に2022年以降の国際的な緊張や経済制裁により、ロシアの関税政策は大きな転換期を迎えています。
本記事では、2025年時点におけるロシアの関税制度の基本構造や最近の政策変更、主要品目ごとの影響、そして通関手続きやビジネス上のリスクまで、包括的に解説します。
ロシアの関税制度の基本構造と最新の変更点
ロシアの関税制度は、長年にわたり輸入依存型の経済構造を支えるために整備されてきました。
しかし、2022年のウクライナ侵攻以降、国際社会との関係悪化を背景に、内需重視・国産化推進への転換が急速に進んでいます
この変化は関税政策にも強く反映され、現在の制度は経済政策と地政学戦略の双方を担う、極めて政治色の強いものとなっています。
ロシアの関税制度の運用体制
ロシアでは、関税の運用と徴収はロシア連邦税関(Federal Customs Service, FTS)が担っています。関税率は以下のような制度的枠組みに基づいて決定されます。
区分 | 内容 |
---|---|
国内法 | ロシア連邦法に基づく通常関税率 |
EAEU協定 | ユーラシア経済連合(EAEU)内の共通関税率 |
臨時措置 | 緊急関税、特別保護関税、報復関税など |
このように、通常関税だけでなく臨時的・報復的な措置も頻繁に取られるため、ロシアの関税制度は非常に動的です。特に2022年以降は、政治的な動向に応じて短期間で大きく変更される傾向が強まっています。
「非友好国」への追加関税措置
2022年3月、ロシア政府は「非友好国リスト」を発表し、日本、アメリカ、EU諸国などを指定しました。この指定を受けて、2023年からは「非友好国」からの輸入品に対する追加関税が相次いで導入されています。
追加関税の主な内容
・対象国:日本、米国、EU加盟国、カナダなど
・対象品目:自動車部品、家電、酒類、化粧品など多岐にわたる
・追加関税率:平均10〜35%
・導入時期:2023年4月以降段階的に実施
これらの措置により、非友好国製品はロシア国内市場で価格競争力が大幅に低下し、代替として中国製や国内製品へのシフトが進んでいます。
追加関税については以下の記事でご確認ください。
EAEU内での優遇関税政策
一方で、ロシアはユーラシア経済連合(EAEU)加盟国との関係を強化しています。
EAEUには、ベラルーシ、カザフスタン、アルメニア、キルギスが加盟しており、これらの国との間では以下のような優遇関税制度が整備されています。
分類 | 優遇内容 |
---|---|
通常関税の撤廃 | 多くの工業製品・農産品で関税ゼロ |
物流の簡素化 | 通関書類の共通化と通関時間の短縮 |
原産地ルール | EAEU内産品の原産地証明で無税通過が可能 |
この仕組みにより、EAEU域内の貿易は円滑化され、域内サプライチェーンの強化が進んでいます。また、制裁による西側からの輸入難を背景に、EAEU内での代替輸入や共同生産体制の構築も注目されています。
今後もロシアの関税政策は、対西側諸国への報復・抑制策と、域内協力の強化という2軸で進展すると見られます。特に中国、インド、中東諸国との間での自由貿易協定(FTA)締結や二国間協議も進行中であり、国際的な貿易パートナーの再構築が加速しています。
主な輸入品目と関税率の具体例(2025年時点)
ロシアの関税政策は、国内産業の保護と「非友好国」への経済的圧力という二重の目的を持って設計されています。
特に2023年以降は、国ごとの政治関係によって同じ製品でも関税率が大きく変動する状況となっており、企業の貿易戦略に大きな影響を与えています。
以下に、主な輸入品目ごとに適用されている通常関税率と、非友好国からの輸入に対する追加関税の有無を示します。
主な輸入品目別の関税率
輸入品目 | 通常関税率(EAEU共通) | 非友好国からの追加関税 |
---|---|---|
乗用車 | 15% | +20〜35% |
自動車部品 | 5〜10% | +15〜25% |
家電製品 | 10% | +20%前後 |
医薬品 | 原則0〜5% | なし |
酒類 | 15% | +35% |
食品(乳製品・果物など) | 10〜15% | +10〜30% |
コンピュータ部品 | 0〜5% | +15〜20% |
化粧品 | 10% | +25% |
関税率の背後にある政策意図
まず、乗用車や自動車部品については、日本やドイツからの輸入に対して高い追加関税が課されています。特に高級車や大型SUVは標的となり、35%に近い上乗せが見られるケースもあります。
これにより、ロシア国内での外車の価格が高騰し、代替として中国製車両や国内メーカーの製品が注目されるようになりました。
家電製品も同様に、韓国・EU・日本製の高性能製品に対して追加関税が導入され、国内メーカーや中国製家電へのシフトが進行中です。
一方で、医薬品は人道的配慮から原則として関税が低く抑えられており、欧米諸国からの輸入でも追加関税が適用されていません。ただし、供給の不安定化を回避するため、ロシア政府は自国内でのジェネリック薬開発やインド製医薬品の調達拡大に取り組んでいます。
酒類や化粧品などの消費財に関しては、ヨーロッパ産を中心に高率の追加関税が課されており、輸入価格の上昇が顕著です。これらの分野では、富裕層向け市場の縮小や、国産ブランド育成のきっかけとしても捉えられています。
食品分野では、特にEUからの乳製品や果物などがターゲットとなり、10〜30%の追加関税が導入されました。ロシアはこれに対応する形で、国内農業の保護・育成や、トルコ、イランなど他国からの代替輸入に注力しています。
また、コンピュータ部品やIT機器関連製品についても追加関税が導入されています。これは、欧米の半導体制裁に対する報復的措置であり、中国やインドからの調達シフトが進められています。
産業別の影響と今後の動向
・自動車・家電産業では、輸入困難化によりロシア国内メーカーの復権や中国企業のシェア拡大が進行中。
・農業分野では、制裁下での自給率向上と域内(EAEU)貿易の活性化が見られます。
・デジタル・IT分野では、ロシア政府による技術自立化政策(輸入代替)が国家レベルで加速しています。
このように、関税は単なる価格調整の手段ではなく、経済安全保障と国産化戦略の要として位置づけられていることが、ロシアの関税政策の最大の特徴です。
ロシアと主要貿易相手国の関係と関税政策の変化
ロシアはウクライナ侵攻以降、主要貿易相手国との関係性を大きく見直しています。
以前はEU諸国や日本とも活発な貿易を行っていましたが、現在では「友好国」と「非友好国」を明確に分け、貿易条件や関税率にも大きな差を設けています。ここでは、各国との関係と関税政策の変化を見ていきます。
中国
中国はロシアにとって最も重要な貿易相手国となっており、2024年以降も輸入先の第1位を維持しています。エネルギーや食品、工業製品、電子部品など幅広い品目で中国製品への依存が進んでいます。
中国からの輸入には追加関税は一切なく、むしろ通関の簡素化などの優遇措置が講じられています。
欧州連合(EU)
EUはかつてロシアにとって最大級の輸出相手でしたが、ウクライナ侵攻を受けた制裁とロシアからの報復措置により、現在では関係が著しく悪化しています。特にドイツ、フランス、イタリアなどからの輸入品に対しては高率の追加関税(最大35%)が導入され、欧州産の食品・酒類・高級品などの輸入はほぼ停止状態となっています。
一部はトルコやEAEU加盟国を経由して間接的に流入しています。
日本
日本からの輸入は、自動車、家電製品、化粧品などが中心でしたが、ほとんどの品目において追加関税が課されています。トヨタやホンダといった主要企業の撤退も影響し、日本製品のシェアは急速に低下しています。
特に乗用車には最大35%の追加関税が適用されており、中国車やロシア国産車への置き換えが進んでいます。
トルコ・インド
トルコとインドは制裁に参加しておらず、ロシアとの貿易を維持・拡大しています。トルコはロシアへの再輸出拠点としての役割を強めており、欧州や日本製品が「トルコ経由」で流通する例が増えています。
インドは石油や肥料の主要調達先となっており、関税面でも優遇されるケースが多いです。
EAEU加盟国
ベラルーシやカザフスタンをはじめとするEAEU加盟国との間では、共通関税制度のもと、関税は基本的に撤廃されています。通関書類の共通化、原産地証明の簡素化などにより、これらの国との貿易は国内取引に近いスピードで行われています。
また、EAEUを経由した第三国製品の流通も増加傾向にあります。
ロシアの関税政策は、貿易相手国との政治的・経済的な関係性によって厳しく選別されており、国際関係の変化に応じて迅速に再設計される特徴があります。
ロシアの通関手続きと必要書類の最新情報
ロシアの通関手続きは、2025年現在、制度の複雑化とともに頻繁に変更されています。
特に輸出入に関する規制強化や技術基準の更新が続いており、企業は最新の通関実務に精通しておく必要があります。以下に、輸入および輸出手続きに必要な主な書類を一覧表にまとめます。
書類名 | 内容 | 輸入の必要性 | 輸出の必要性 |
貨物税関申告書 | 税関への正式な申告書類 | 必須 | 必須 |
商業インボイス | 商品の価格、契約条件、販売者・購入者情報 | 必須 | 必須 |
パッキングリスト | 梱包内容・重量・寸法などの詳細 | 必須 | 必須 |
輸送書類 | 船荷証券、航空運送状などの輸送関連書類 | 必須 | 必須 |
原産地証明書 | 製品の生産国を証明する書類 | 必須 | 通常不要 |
適合証明書 | ロシア国内の技術基準適合を証明する書類 | 対象品目で必須 | 通常不要 |
衛生証明書 | 食品・化粧品などの衛生・安全性の証明書 | 対象品目で必須 | 通常不要 |
輸入/輸出ライセンス | 特定品目に必要な事前許可証 | 対象品目で必須 | 対象品目で必須 |
※輸入者はロシア連邦税関への事前登録が必要です。
※戦略物資や文化財などの輸出には、当局による個別許可が必要です。
注意点
・書類に不備がある場合、通関が遅延したり罰則の対象となる可能性があります。
・製品のHSコード分類を正確に行うことが通関の効率化に不可欠です。
・技術基準への適合を証明する書類(GOST-Rなど)や、ロシア国内規格に準じた認証が求められる場合があります。
・経験豊富な通関業者(ブローカー)を活用することで、手続きの精度とスピードが向上します。
通関関連のルールは変更が頻繁に行われるため、常に最新の情報を確認し、信頼できる現地パートナーや専門家と連携することが重要です。
ロシアの関税政策がビジネスに与えるリスクと対応策
ロシアの関税政策は、政治情勢や制裁対応の影響を強く受けるため、企業活動に大きな不確実性をもたらしています。
ここでは、具体的なリスクとそれに対する対応策を整理します。
主なリスク
・追加関税の影響によるコスト上昇
非友好国として指定されている国からの輸出品に対しては、高率な関税が課され、価格競争力が著しく低下します。
・輸出入規制の突然の変更
政治的決定により、通関手続きや対象品目が短期間で変更されることがあり、納期や供給計画に支障が生じます。
・通関遅延・通関拒否のリスク
書類不備や制度変更により、貨物の滞留や通関不可となるケースが発生します。
・事業撤退・再参入の判断困難
現地パートナーの制裁対象化やロシア政府の規制強化により、事業の継続・撤退判断が極めて難しくなっています。
主な対応策
・調達先の多角化
ロシア以外の市場・サプライヤーを確保し、代替供給網を構築することで、関税コストや供給リスクを分散させます。
・現地パートナーとの連携強化
ロシア国内における信頼できるパートナー企業と連携し、法規制や実務運用の最新情報を迅速に把握します。
・専門家との連携によるリスク管理
貿易実務・法務・税務の各分野において、ロシア対応に詳しい専門家と継続的に協議することが重要です。
・関税分類・通関戦略の見直し
HSコードの見直しや、特恵制度・FTAの活用により、合法的な関税最適化を検討します。
ロシア市場を対象とする企業にとって、関税政策は単なる税負担ではなく、取引の可否や採算性に直結する重大なリスク要因であるため、柔軟かつ事前の対応が不可欠です。
まとめ
2025年時点のロシアにおける関税制度は、政治・経済の両面から非常に動的で、不確実性の高い状況が続いています。
西側諸国との対立、アジア・中東との接近、EAEU内の制度整合、これらすべてが関税政策の設計と運用に密接に関わっています。
企業が安定した貿易活動を行うためには、継続的な情報収集と制度対応力の向上が求められます。特に非友好国からの輸出では、単なる税率確認にとどまらず、制裁、認可、物流、価格戦略を総合的に検討する必要があります。
常に最新情報にアクセスし、ロシアに精通した専門家に一度相談してみることをおすすめします。
カテゴリ:地域別貿易ノウハウ