ロシア原油制裁の新局面!インド・中国の動向と貿易対応を読む

ウクライナ侵攻以降、ロシア産原油の取引には各国の制裁が重ねがけされてきました。特に2025年10月、米国がロシアの主要石油企業(ロスネフチ・ルクオイルなど)を本格的に制裁指定したことで、調達・決済・海上輸送といった現場オペレーションにまで影響が及び始めています。

本記事では、こうした変化を踏まえ、貿易・物流・法務担当者が今すぐ確認すべき対応ポイントを体系的に解説します。

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米欧の直接制裁とロシア原油取引への影響

米国がロスネフチやルクオイルなど主要石油企業への制裁を強化し、同時期にEUもロシア産LNGの輸入を段階的に禁止する第19次制裁パッケージを採択したことで、米欧がエネルギー分野で本格的に協調へ踏み出しました。
これにより、ロシア原油をめぐる国際取引には実質的な制約が生じ、企業現場では今後の取引継続可否の判断が急務となっています。

ロスネフチ・ルクオイル制裁の概要と波紋

米財務省は新たな制裁措置として、ロスネフチルクオイルなど主要なロシア石油企業を制裁指定しました。

これにより、これら企業およびそれらが50%超を保有する関連会社との米ドル建て取引や米系金融機関を通じた決済が事実上困難となります。制裁は精製・輸送・販売・貿易金融など広範な分野に波及し、エネルギー関連ビジネス全体への影響が懸念されています。

さらに、これら企業に関与する第三国企業にも二次制裁が適用される可能性が明言されており、形式上の仲介や名義貸しでも制裁リスクが発生します。実務上は、契約先企業の最終受益者(UBO)や背後資本構造の確認が必須事項となりました。

一部の取引については経過措置(グレースピリオド)が設けられており、制裁発効日前に締結された契約や、短期間での供給停止が困難な案件では、当局への申告・許可を前提に一定期間の継続が認められる場合があります。
もっとも、こうした例外には登録報告義務が伴う可能性が高く、該当企業は通達内容を正確に把握したうえで、事前申請や証憑管理の体制を整備する必要があります。

中国・インドの購買削減と政策的調整

新制裁の発表を受けて、ロシア原油の主要輸入国である中国とインドでは、大手企業が相次いで取引方針を見直しています。

インドでは、最大手のリライアンス・インダストリーズをはじめ複数の精製企業が、米国の制裁対象となったロシア企業からの直接調達を段階的に抑える方針を示しました。今後は、第三国を経由した仕入れやスポット取引への依存が高まるとみられます。

中国でも、国営石油企業(CNPCやSinopecなど)が新規のロシア原油契約を一時的に保留し、既存契約についても米ドル建て決済や海上輸送リスクの低減を図る動きを見せています。こうした対応は、米国による二次制裁の適用を警戒したリスク回避策とみられます。

ロシア原油をめぐる国際取引は、政治判断から現場実務まで連鎖的に影響が及ぶ段階に入りました。制裁の焦点は「取引相手」から「取引ルート・決済・物流」へと移り、企業は法務・調達・経理の連携対応が欠かせません。

EUのLNG禁止措置と米欧の制裁協調

EUは2025年10月、第19次対ロ制裁パッケージの一環として、ロシア産LNGの輸入禁止措置を正式に採択。これにより、欧州内での天然ガス再ガス化施設での取扱いや、LNGタンカーの受入れが事実上制限されることになります。

注目すべきは、今回初めて米国EUがエネルギー制裁で同時発動・協調実施に踏み切った点です。さらに、制裁対象となったロシア企業と取引する第三国金融機関(例:中東・東南アジアの地場銀行)に対する対応も両陣営で調整が進められており、実務上は「金融ルートの安定性」への影響が現れる可能性があります。

米欧が並列で同一企業を制裁指定するケースが増えれば、実質的に国際決済網・船荷保険・港湾使用などを通じてロシア原油の輸出インフラそのものが圧迫される構造となるでしょう。

ロシア原油の供給構造と主要輸出先の変化

対ロ制裁が段階的に強化される中で、ロシア原油の供給網は大きく再編されました。取引先の地理的変化、物流経路の不透明化、価格競争力の変動など、企業実務に直結する構造変化が進行中です。

アジア市場へのシフトとその限界

欧州市場の縮小を受け、ロシアはアジア市場、とりわけインド中国への供給を急拡大させました。2022年以降、インドはロシア原油の主要輸入国に浮上し、精製輸出を含む「転売ハブ」としての役割も強めてきました。

ただし、2025年10月以降は状況が変化。米国による二次制裁の強化を受け、中国・インド両政府が主要企業に輸入調整を要請しており、数量・価格ともに調整局面に入っています。今後は過剰な依存によるリスクや政治的な制約が浮上する可能性も高まっています。

第三国経由による再輸出ルートの実態

制裁回避の一環として、トルコ、UAE、シンガポールなどを経由する「グレー輸送」が拡大。原産地を曖昧化することで最終仕向地へのアクセスを維持しようとする動きが目立ちます。

実務上は、以下のような書類照合によるリスク検知が求められています:

  • B/L(船荷証券)とInvoiceの発行地・発行者の整合性
  • 原産地証明書(COO)の真正性(署名・印章・発行国の確認)
  • サプライチェーン上の中継港の記載有無と整合性

これらの項目に不整合がある場合、通関保留貨物差止金融機関による送金拒否などの事例が実際に報告されています。特に「名目上はUAE積みだが、実質はロシア港積み」のようなケースでは、表面的な書類整備だけではリスク回避できない点に留意が必要です。

価格のディスカウントと供給不安

ウラル原油は、ブレント原油に比べて1バレルあたり20ドル前後安価で取引される傾向が続いており、アジア市場では価格優位性を保ってきました。

ただし、制裁による調整圧力と輸送保険・タンカー手配の不確実性が高まる中、供給の安定性には懸念が強まっています。現場では、価格メリットだけで仕入判断を行うことがリスクとなりつつあり、L/C条件や船積港確認を含めた実質的な取引信頼性の評価が不可欠です。

ロシア原油の種類と品質・価格差の実態

ロシア産原油には複数のグレードが存在しますが、貿易・物流の実務上で最も多く取り扱われるのが「ウラル原油」です。近年の価格差や流通動向を踏まえ、各原油種の特徴と取引インパクトを整理します。

ウラル原油の性質と精製適正

ウラル原油は、ロシア西部およびシベリア地域から採取されるブレンド原油で、「中質・高硫黄」に分類されます。

この性質により、以下のような実務上の特徴が挙げられます。

  • 脱硫設備を備えた製油所でなければ経済的精製が困難
  • 精製後の得率(ガソリン、軽油など)に制約がある
  • 一部の製品(アスファルト・重油)向けに用途が限定されやすい

そのため、高度な精製設備を持つインドや中国などが主な仕向け先となっており、技術的受入能力が価格交渉力にも影響します。

原油種ごとの価格差の現状

2025年10月時点での代表的な原油3種の品質および市場価格は以下の通りです。

原油種品質(API度/硫黄分)平均価格(USD/バレル)
ブレント軽質・低硫黄80ドル
ウラル中質・高硫黄56ドル
ドバイ中質・中硫黄74ドル

ブレント原油は、北海で産出される軽質・低硫黄原油であり、国際的な原油価格の指標として世界中の取引に用いられています。精製効率が高く脱硫コストが低いため、欧州や日本の製油所でも扱いやすい高品質原油として安定した需要があります。

ドバイ原油は、中東産の中質・中硫黄原油で、アジア地域の代表的な価格指標とされています。ブレントほど軽質ではありませんが、輸送距離の短さ供給安定性が評価され、アジア諸国の輸入量の多くを占めています。

ウラル原油は、中質・高硫黄で精製時の処理負担が大きい一方、取引価格が割安に設定されるのが特徴です。ブレント原油と比較して20ドル以上のディスカウントが付くことも珍しくなく、価格面では競争力がある一方で、制裁リスクや品質によるコスト上昇も織り込む必要があります。

品質が与える貿易コストへの影響

原油の品質は、単に取引価格の問題にとどまらず、輸入後の対応コストや販売先選定にも直結します。

たとえば、硫黄分が高い原油を輸入する場合、脱硫処理など追加の精製工程が必要となり、その分のコストが上乗せされます。また、通関時にはHSコードの分類環境規制への適合に時間と手間を要する場合があり、手続きの複雑化が実務負担となる可能性もあります。
さらに、品質の特性によっては、国内の需要先とのマッチングに課題が生じることもあり、発電所や重油を利用する産業以外には供給しづらいといった需給ミスマッチが発生するリスクもあります。

結果として、たとえ仕入価格が安価であっても、実効コスト(CIF後の精製・流通コスト)では他原油と差が縮まるケースもあるため、購買判断では価格だけでなく、品質に起因するオペレーション全体への影響評価が求められます。

ロシア制裁を含む各国の貿易規制が強化される中、輸出貿易管理令の改正内容を理解することは、企業の実務対応に直結します。
法務・貿易部門の担当者は、以下の記事で最新の規制動向と対応策をご確認ください。

  

ロシア原油取引における物流・決済・コンプライアンス上の注意点

対ロ制裁下では、従来通りの物流・決済・法務プロセスが通用しない局面が増えており、実務レベルでの対応力が企業間取引の成否を左右する要素となっています。とくに、輸送手段の選定、決済通貨の運用、コンプライアンス体制の整備が急務です。

シャドーフリート利用時に企業が注意すべき3つのリスク

制裁回避のために用いられる「シャドーフリート」(制裁逃れ用の老朽タンカー群)は、以下のようなリスクを伴います。

  1. AIS信号の隠蔽による航行経路の不明瞭化
     → 港湾当局や保険会社に不信を抱かれ、寄港拒否の要因となる
  2. 保険未加入による事故時の補償不能
     → 船舶損傷・油漏れなどのトラブル発生時に回収不能リスクが顕在化
  3. 所有者情報の不透明性による入港拒否・制裁対象化
     → 最終的な船主が制裁対象に該当する場合、関与した企業にも制裁リスクが波及

これらのリスクを回避するためには、船舶の信頼性や取引条件に関する事前確認が不可欠です。具体的には、まず使用される船舶の船籍国フラッグ登録の状況を確認し、制裁対象国や高リスク地域に該当していないかを把握する必要があります。

さらに、P&I(船主責任保険)を含む保険契約の有無とその内容を精査し、事故やトラブル時の補償体制が整っているかも確認対象となります。

加えて、過去の寄港履歴AIS(自動船舶識別装置)の記録が実際の航行経路と整合しているかどうかも重要です。これらの情報に不自然な点がある場合、シャドーフリートに該当するリスクが高まります。

信頼性の低いフリートを利用した結果、貨物が予定港に入港できず返品や差止となるケースも報告されており、単なるコスト面だけでなく企業の信用リスクとしても警戒すべきポイントです。

人民元・ルーブル決済の実務上の課題とリスク

米ドル回避の動きが拡大する中、人民元建て・ルーブル建ての取引が増加傾向にありますが、以下のような実務課題が浮上しています。

  • 為替変動リスクの増大:通貨のボラティリティが高く、利益確定が難しい
  • 国際送金網の制約:SWIFT外の送金は着金遅延や処理停止リスクがある
  • 取引銀行による受入拒否:とくに日系・欧米系銀行では、送金相手先の審査が厳格化

このような背景から、決済通貨の選定は価格条件だけでなく、送金の可用性・確実性も加味する必要があります。たとえば、「ドル契約+人民元支払」などの複数通貨条項の挿入を検討する企業も増えています。

コンプライアンス対応における実務フロー

制裁リスクを回避するには、社内での事前審査体制の明確化が欠かせません。

特に以下の確認事項が標準化されつつあります。

  • SDNリスト/EU制裁リストとの契約相手先照合
  • UBO(最終受益者)の明確化と内部記録保持
  • 名義貸し/書類偽造の兆候のチェック(Invoice・COO・契約書)

とくにUBO関連では、取引先が「第三国登記のSPV(特別目的会社)」などを使っている場合、実態調査が不十分だと“知らずに違反”に問われるリスクがあります。

善意の取引であっても、形式的に制裁違反と認定されることがあるため、法務・貿易・経理部門の横断的な対応体制と、外部専門家との連携体制の構築が重要です。

ロシア原油制裁下における日本企業の調達戦略と今後の対応

ロシア原油の輸入を事実上停止した日本企業においても、その影響は限定的ではありません。代替調達先の確保契約リスクの見直し組織内体制の強化が必要となり、多くの企業が長期的なエネルギー戦略を再構築しています。

代替調達先の確保と契約調整

日本国内の石油・エネルギー関連企業では、中東(サウジアラビア、UAE)や米国を中心とした供給ルートへの依存が進んでいます。しかしながら以下の課題が浮上しています。

  • 長期契約の再交渉:価格条件やFOB/CIF条件の見直しが頻発
  • スポット調達依存の増加:短期価格変動の影響を受けやすく、収支が不安定化
  • 供給元集中によるリスク:地政学リスクの影響が直接波及しやすい構造に

例として、ある大手商社では、調達契約に「制裁発動時の自動契約解除条項」を盛り込み、契約義務の停止条項(Force Majeureの拡張)を明文化しています。加えて、1社依存を避ける調達分散戦略を採用し、複数国・複数原油種のポートフォリオを組むことで、供給安定化と価格交渉力の両立を図っています。

LNGや非化石エネルギーへのシフト

エネルギー源の多様化は、短期的な調達対応を超えて、中長期の経営戦略と密接に結びついています。

日本企業の間では現在、アジア諸国や中東産ガスとの中長期契約を通じて、LNGの安定調達を図る動きが強まっています。同時に、RE100や2050年カーボンニュートラルといった企業目標との整合性を意識し、再生可能エネルギー水素合成燃料などの非化石エネルギーへの移行も加速しています。

こうした取り組みにより、ロシア依存からの脱却と脱炭素への転換という二つの課題を同時に乗り越えようとする動きが見られます。実際に、商社やインフラ系企業の一部では、再生可能エネルギー由来のLNG輸入スキームを検討するほか、洋上風力や再エネ電力を対象とした新たな契約モデルの導入も進められつつあります。

エネルギー市場の変化を読み解く上で、OPECプラスの増産方針も見逃せません。国際原油価格や調達コストの行方については、以下の記事で詳しく解説しています。

  

組織内体制の再整備とリスク管理の強化

制裁対応において、もはや一部門の業務では完結しません。以下のように部門横断のリスクマネジメント体制の構築が進んでいます。

  • 契約部門:条項見直し、英文契約書への制裁文言追加、解除権限の明記
  • 法務部門:制裁リストの最新確認、契約前審査プロセスの明文化
  • 経理・財務部門:決済銀行の選定・通貨リスク管理体制の強化
  • サステナビリティ部門:調達先のESG評価とサプライヤーリスクの可視化

さらに、外部の貿易弁護士・制裁専門コンサルタントとの顧問契約を締結する企業も増加。最新の制裁動向を前提としたリスクレビューや取引可否判断の第三者検証が行われるケースも増えつつあります。

まとめ

2025年の新制裁を契機に、ロシア原油の取引は国際社会の圧力を直接受けるフェーズに突入しました。中国・インドの購買調整、シャドーフリートのリスク、通貨多様化など、あらゆる分野に複雑な対応が求められています。

日本企業としても、代替調達の確保やコンプライアンス体制の強化に加え、国際動向を迅速に反映できる柔軟な調達戦略が不可欠です。
社内体制の整備と外部専門家との連携強化が、調達戦略の持続性を左右します。今回の制裁対応を、リスクマネジメント体制を見直す契機と捉えることが重要です。

自社の取引方針や供給網の再構築にあたっては、専門家に一度相談してみることをおすすめします

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