【完全ガイド】韓国・アメリカ関税の最新動向とFTA活用戦略

2025年10月、アジア歴訪中のドナルド・トランプ大統領が韓国を訪れ、李在明大統領との間で、関税を含む包括的な貿易協議が行われました。両国は相互関税の段階的引き下げを視野に入れた方針を確認し、韓国からアメリカへの大規模投資(総額約3500億ドル規模)も発表されました。

一見すると自由貿易の推進のように見えますが、アメリカは依然として産業保護や国家安全保障を理由に一部の韓国製品へ高関税を維持しています。自由化と保護主義が共存する「二重構造」の通商関係の中で、企業にとって不確実な環境が続いています。

本記事では、こうした構造の実態と今後の対応戦略について詳しく解説します。

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韓国とアメリカの関税合意の最新動向

米韓両国が交渉の末に打ち出した関税引き下げ合意は、経済的な利害を超えた地政学的背景も含んでいます。

ここでは、2025年10月に行われたトランプ大統領と李在明大統領との首脳会談を出発点に、合意の具体的な内容、背後にある政治的意図、そしてその制度的・経済的な意味合いについて整理します。

トランプ大統領の訪韓と首脳会談の背景

2025年10月29日、アジア歴訪の最終訪問国として韓国を訪れたドナルド・トランプ大統領は、ソウルで李在明(イ・ジェミョン)大統領との首脳会談を行いました。今回の会談では、北朝鮮の安全保障問題や経済協力と並び、米韓間の関税政策と投資に関する協議が中心的な議題となりました。特に注目されたのは、両国間の相互関税の引き下げについての合意です。

トランプ大統領は、約2時間に及んだ協議の後の共同夕食会において、今回の合意について「ほぼ最終合意に達した」と発言。詳細には触れなかったものの、韓国政府側の発表によれば、双方が現在25%の相互関税について、最大15%までの引き下げを目指す方向で原則合意したと報じられています。

この動きは、過去の保護主義的措置との対比で見ると大きな政策転換のようにも映りますが、トランプ政権の対外政策を深く見ると、単純な自由化への転換ではなく、むしろ戦略的な意図があることが見て取れます。

合意の経済的側面と韓国の対米投資

関税の引き下げと並行して、韓国政府はアメリカに対し、総額約3500億ドル規模の投資パッケージを構想していると報じられています。このうち、現金投資が2000億ドル、残りの1500億ドルは主に造船・海洋分野へのインフラ投資とされており、製造業からエネルギー分野に至るまで多岐にわたる内容が想定されています。

この投資には、単なる経済協力を超えた側面があります。アメリカは近年、インフレ削減法(IRA)を通じてサプライチェーンの米国内回帰を進めており、韓国企業の対米直接投資はその流れと整合的です。つまり、韓国側にとってもこの投資は通商上のリスク回避や米市場アクセスの維持・拡大を図る戦略的手段として位置付けられていると解釈できます。

さらに、今回の合意がなされたタイミングは、翌日に予定されているアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議とも関係していると考えられます。トランプ大統領は中国の習近平国家主席との直接会談を控えており、韓国との合意を外交カードとして活用する意図も見え隠れしています。

合意の背後にある米韓通商関係の構造的問題

今回の相互関税引き下げは象徴的な意味を持つものの、米韓通商関係全体の構造を根本的に変えるものではありません。事実、アメリカは依然として、韓国製の自動車に対して25%という高関税を適用しており、一方で、他国製品の一部では関税が引き下げられており、韓国企業との間で競争上の不均衡が指摘されています

また、鉄鋼やアルミニウムを使用した派生商品、特に自動車部品については、最大50%の関税が適用される可能性があるという動きもあり、関税の「包括的な緩和」にはほど遠い状況です。こうした現実は、首脳レベルでの合意と、制度的な通商政策との間に乖離があることを示しています。

今後、この合意内容が実際にどのように制度化され、具体的な関税改定として発効されるかは不透明です。さらに、どの品目に引き下げが適用されるのか、品目別関税が維持されるのかといった実務上の詳細は未定であり、企業にとっては明確な恩恵を受けるにはまだ時間がかかる可能性があります。

韓国とアメリカの関税制度に見るFTAと保護主義の二重構造

米韓通商関係を理解するうえで欠かせないのが、自由貿易協定(FTA)による制度的自由化と、アメリカ独自の保護主義政策が同時に存在しているという「二重構造」です。
一方では、KORUS FTA(米韓自由貿易協定)によって関税撤廃が進み、貿易の自由化が制度的に保障されています。
しかしその裏側で、アメリカは国家安全保障や国内産業保護を理由に、FTAの枠外で追加関税を課す政策を継続しており、企業にとっては予測しづらい環境が続いています。

KORUS FTAの枠組みと関税撤廃スケジュール

2012年に発効したKORUS FTAは、米韓両国の貿易を促進し、関税や非関税障壁を段階的に撤廃することを目的とした協定です。
発効当初から、自動車部品や電子機器などの多くの工業製品が即時関税撤廃の対象となり、残りの品目についても3~15年のスケジュールで順次引き下げが進められてきました。

農産品の一部には国内産業保護の観点から撤廃猶予が設けられ、2025年時点でもまだ一定の関税が残っていますが、FTAの枠組み自体は両国の貿易自由化を制度的に支える柱として機能しています。

関税撤廃区分適用時期対象品目の例
即時撤廃協定発効時(2012年)自動車部品、テレビ、電子機器など
段階的撤廃(短期)3~9年以内鉱工業製品の多く、農林水産品の一部
段階的撤廃(長期)最大15年りんご、緑茶など保護対象品目

KORUS FTAは、米韓双方にとって通商の基盤でありながら、保護主義的な政策変更の影響を受けやすい枠組みでもあります。制度を正しく理解し、最新のFTA動向を把握しておくことが企業戦略の第一歩です。

セクション232に見るFTAとの矛盾

KORUS FTAの枠組みが進む一方で、アメリカは通商拡大法セクション232を根拠に、国家安全保障を理由とした関税措置を続けています。
鉄鋼・アルミ製品を中心に、FTAとは無関係に最大25〜50%の追加関税が課されるケースもあり、制度的には「自由化」と「保護主義」が同時に作用しているのが実情です。

この結果、KORUS FTAで関税が撤廃されたはずの自動車部品が、鉄鋼由来製品として再び関税対象となるなど、FTAの恩恵が部分的に打ち消される事例が生じています。
こうした状況は、企業の原価計算や価格設定を不安定にし、長期的な投資判断を難しくしています。

FTAの法的安定性と企業戦略への影響

アメリカが国内法を根拠にFTAの規定を実質的に上書きできる仕組みは、協定の信頼性を揺るがす要因となっています。
韓国企業にとって、KORUS FTAは依然として重要な輸出支援制度ですが、それを「自動的に関税がゼロになる保証」として捉えるのは危険です。
むしろ、FTAの特恵措置が一時的に無効化されるリスクを前提に、常に制度外からの圧力(セクション232・インフレ削減法・国防権限法など)を想定した戦略を立てる必要があります。

通商環境の変化が早い今、企業は「FTAありき」の前提ではなく、柔軟に関税コストを織り込む経営設計が求められています。
制度の恩恵を最大限に活かしつつも、保護主義的政策が再浮上した際に即応できるリスクマネジメント体制を整えることが、韓国企業にとっての現実的な生存戦略といえるでしょう。

韓国産業への関税影響:自動車・鉄鋼・EVバッテリーの現状と課題

アメリカの関税政策は、韓国経済にとって「産業ごとに異なる影響」をもたらしています。とくに、自動車、鉄鋼、EVバッテリーの3セクターは、KORUS FTAの自由化の恩恵と、セクション232やインフレ削減法(IRA)といった保護主義的措置の板挟みにある典型的な例です。本節では、各産業におけるリスクと機会を具体的に分析します。

自動車セクター:依存構造が明暗を分ける

アメリカ市場に対する依存度が高い自動車産業は、米国の関税政策に最も敏感に反応する分野の一つです。現在、米国は韓国製の完成車に対して最大25%の関税を維持しており、これは日本車に対する15%の関税と比較して競争上の重大な不均衡を生じさせています。

この構造が最も深刻に表れているのが、韓国GMです。韓国GMは米国市場向け輸出に大きく依存しており、トレイルブレイザーやトラックスといった低価格帯SUVを中心に、完成車の9割以上をアメリカに出荷しています。このような単一市場依存は、関税引き上げによる価格競争力の喪失を直接的な経営リスクに変換してしまいます。

実際、2025年上半期の韓国GMの対米輸出は前年比6.2%減少しており、現代自動車・起亜が2.6%の減少に留まっているのと比較すると、その脆弱性が浮き彫りになっています。

一方、現代自動車・起亜は市場の地理的多角化を積極的に進めており、EUやASEAN地域への輸出強化によって、関税リスクの分散に成功しています。これにより、アメリカ市場での逆風に対する耐性を一定程度確保しており、レジリエンスの高い事業構造と評価されています。

自動車産業は、関税政策やFTAの適用範囲によって最も影響を受けやすい分野です。トランプ政権下での自動車関税政策は、韓国のみならず日本やメキシコのメーカーにも波及しました。詳細な影響と今後の展望については以下の記事で解説しています。

鉄鋼・部品セクター:構造的コスト増に直面

韓国の鉄鋼業界もまた、米国の保護主義的措置により重大な影響を受けています。2025年現在、鉄鋼およびアルミニウムを使用した派生製品(とくに自動車部品)に対する関税率を50%に拡大する動きが進行中です。米商務省は官報を通じて対象製品の意見募集を行っており、年内にも新たな関税措置が正式決定される見通しです。

このような高関税が実現した場合、韓国の鉄鋼・部品メーカーは米国市場での価格競争力を著しく失い、米国内・NAFTA域内への調達シフトが加速することが予想されます。韓国企業は、自社製品の関税コストを吸収できなくなる可能性が高く、最終的には米国内での生産移転や事業縮小を迫られる可能性もあります。

また、鉄鋼業界の上流である素材メーカーから、下流の組立工場まで、サプライチェーン全体に波及する影響も見逃せません。自動車部品を中心とした二次加工業者は、調達先変更や納期調整といったコスト増を吸収する余力が限られており、構造的な負担増が中小企業に集中するリスクも指摘されています。

EVバッテリー産業:規制の中で浮上する戦略的チャンス

一方で、関税政策がマイナスに作用するばかりではない例もあります。とくにEVバッテリーセクターにおいては、アメリカのインフレ削減法(IRA)が、韓国企業にとって新たなチャンスを創出しています。

IRAの規定では、EVの税額控除を受けるためには、車載電池に含まれる重要鉱物(リチウム、ニッケルなど)がFTA締結国で抽出・加工されたものである必要があります。韓国はこの条件を満たす数少ない国の一つであり、これにより、バッテリー供給網における「戦略的ハブ」としての地位を獲得しています。

この状況を受けて、中国の電池素材企業や投資家が、韓国を「FTA認定加工地」として利用しようとする動きも活発化しており、韓国企業側もこれに呼応する形でサプライチェーン再構築を進めています。

代表的な事例としては、エコプロによるインドネシアのニッケル鉱山への追加出資があります。ここでは、一次加工をインドネシアで行い、最終的な精製を韓国で実施する「ハイブリッド戦略」が採用されており、米国の制度要件を満たしながら中国との経済的連携も維持するという、きわめて戦略的な対応がとられています。

産業セクター別リスク・機会マトリクス

以下に、米国の関税政策が韓国の主要産業に与えるリスクと機会を整理します。

産業セクター関税リスク戦略的機会通商対応の方向性
完成車(米国集中型)非常に高い(25%関税維持)限定的市場多角化、現地生産検討
完成車(多角化型)中程度中(EU・ASEAN市場拡大)地理的輸出分散
鉄鋼・自動車部品高い(50%関税拡大の可能性)ほぼなし生産拠点再構築・提携戦略
EVバッテリー限定的高(IRA対応による供給網優位)FTA準拠SC整備・規制対応強化

アメリカの関税政策に対する韓国企業と政府の対応戦略

アメリカの関税政策は、一見すると単純な輸入コストの問題に見えますが、企業のサプライチェーン、資本投資、法務対応に至るまで多層的な影響を及ぼします。韓国の企業や政府にとっては、FTAを活用した既存の制度の最大限の利用とともに、予期せぬ規制変化や保護主義的圧力への柔軟な戦略対応が不可欠です。

本節では、現実に求められる具体的な対応と、それにともなう実務的課題について整理します。

FTA活用と原産地証明の見直し強化

KORUS FTAは依然として、韓国企業にとって重要な輸出支援の基盤です。とくにEVや電子機器、自動車部品などの分野では、関税免除措置が価格競争力を維持するための前提条件になっています。しかし、FTAによる関税特恵を享受するためには、原産地規則を厳格に満たし、適切な書類管理が求められます。

近年、アメリカ税関当局はFTA適用に対して書類審査を強化しており、わずかな証明書の不備でも特恵措置が適用されないケースが増えています。特に下請けや部品サプライヤーとの契約管理、原材料の仕入れ先記録といった内部統制の整備が不可欠です。

企業にとっては、FTAの存在が「自動的に関税がゼロになる制度」ではなく、「制度を正しく理解し、維持管理することで初めて実効性を持つ仕組み」であるという認識が必要です。

中国資本の活用とサプライチェーン再構築戦略

インフレ削減法(IRA)が示すように、米国はEV・半導体などの戦略産業において、「FTA締結国」での原料調達・加工を重視する政策にシフトしています。この流れの中で、韓国はFTA圏内の「加工ハブ」として注目されており、中国企業による韓国経由での間接的な米国市場参入が増えています。

韓国企業にとっては、こうした中国資本の誘致を単なる生産誘致ではなく、規制リスクと整合性のとれた連携モデルとして設計することが不可欠です。たとえば、バッテリー素材メーカーのエコプロが採用しているような、東南アジアで採掘→韓国で最終加工→米国へ輸出という「多段階ハイブリッドモデル」は、通商政策と地政学的要因の両立を実現する先進事例です。

政府としても、中国由来の技術や資本が米国の規制網に抵触しないよう、技術移転・出資管理に関するガイドラインの明文化が求められます。

関税引き下げ合意の実務的インパクト整理

2025年の米韓首脳会談では、相互関税の15%への引き下げ方針と韓国からの巨額投資が合意されましたが、その実務への影響は制度化のプロセスや対象品目によって大きく異なります。以下に、企業や政策実務者の視点から、この合意がもたらすインパクトを整理します。

項目実務への影響・留意点
相互関税の引き下げ(25%→15%)対象品目の明確化、税関分類(HSコード)の再確認が必要。発効時期と移行措置の有無に注意。
韓国から米国への投資(3500億ドル)製造業・インフラ分野中心。米国現地法人の設立や既存提携の強化に好機。
投資内訳(現金2000億ドル、造船1500億ドル)サプライヤー契約、プロジェクト管理、金融調達体制の再構築が求められる。
合意の法的地位(「ほぼ最終合意」)まだ制度的裏付けが不確実。過度な前提判断は避け、議会承認・条文化の進展を注視。
APEC直前の政治的合意中国との通商交渉に影響を与える可能性。二次的な政策変化にも備えが必要。

韓国政府の外交・産業政策の方向性

政府レベルでは、米国のセクション232をはじめとした通商措置に対して、制度的除外・関税緩和交渉を粘り強く継続する必要があります。日本車に対する関税が15%に引き下げられている現状と比較し、韓国の競争環境が不利であるという客観的な事実を交渉の土台とすべきです。

また、鉄鋼派生品に対する50%関税拡大に関しては、自動車部品サプライチェーンへの打撃を論理的に訴えるための業界連携が重要です。業界団体や主要企業からの意見提出や、米国側の関連業界との連携も視野に入れ、通商圧力を緩和するための対話の場を戦略的に設計することが求められます。

さらに、保護主義の拡大に備えたレジリエンス強化策として、輸出先の多角化・中小企業のサプライチェーン支援・FTA対象国との連携プロジェクト推進など、中長期的な構造対策も並行して進める必要があります。

韓国とアメリカの関税政策のまとめと今後の見通し

韓国とアメリカの通商関係は、自由貿易協定(KORUS FTA)に基づく関税撤廃の枠組みと、国家安全保障や産業保護を理由とした戦略的な保護主義措置が同時に存在する「二重構造」の中で展開されています。2025年の首脳会談では、関税の引き下げと巨額の投資が発表されたものの、実際の制度化や発効時期は依然として不透明です。

さらに、産業ごとに受ける影響は大きく異なり、自動車や鉄鋼といった伝統的製造業は高関税による構造的圧力にさらされている一方、EVバッテリーなどの未来産業では制度対応を通じて競争優位を築くチャンスが広がっています。

このような複雑な通商環境においては、産業セクターごとのリスク評価が不可欠です。通商政策や制度改定の影響を的確に把握するためにも、専門家に一度相談してみることをおすすめします。迅速かつ柔軟な対応が、持続的な競争力の鍵を握ります。

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